ニューヨークでの演奏活動は様々な面でシビアである。一度本番に呼ばれたからといって舞い上がってはいけない。一度目は運良く業界の口コミや紹介から与えられたチャンス。そこでの演奏技術やチームワーク、人柄が認められたら二度目がある。
二度目に呼ばれるかどうかが本当の評価である。それには演奏後のお客さんとのレセプションや挨拶も重要だ。
アッパーウエストサイドのマダムたちと対等に話すには、朝配信されたニューヨークタイムズの記事の内容や、上映されているオペラの筋書きなどを頭に入れておかなければならない。クライアントに対してプロフェッショナルな対応ができるかどうかでも評価は分かれる。
当時ずっと憧れていたオーケストラからお声がかかってメンバーとして音楽祭に参加した後、数カ月経って2回目の演奏機会に誘っていただけた時にどれだけホッとしたことか。メールを受け取った瞬間の安堵と喜びは初回のオファーメールを超えるものがあった。
フリーで活躍するミュージシャンのほとんどは、それくらい綱渡りで生きているものである。
音楽家は生計を立てられない、とはよく言われるが、音楽院時代は自分たちのことをpoor musicianと自虐的に呼んでいた。ニューヨークはそんな学生にも親切で、芸術鑑賞には学生向けの料金が設定されていることがほとんどだ。
メトロポリタン美術館ではニューヨーク州民と周辺学生にはpay-what-you-wish、つまり、入場料を自分で決められる料金の設定がある。
MoMA(ニューヨーク近代美術館)では自分のウェブサイトやCDなどを受付で見せてアーティスト活動の証明ができれば、35ドルで一年間見放題にしてくれるという画期的なアーティストパスのシステムもある。
あまり知られていないが、2回訪れれば十分に元が取れる価格帯で、私も現地に行って簡単に発行してもらったことがある。
ジュリアード音楽院がリンカーンセンターというキャンパスに位置することはその点で利点が大きい。
オーケストラのリハーサルを見学できる機会や、当日空席が出た劇場のミュージカルを観に行ける機会などが突如全体メールで通知されることもあり、自分のスケジュール確認とメールの返信の速さとの格闘だった。
学生は芸術施設を「学校帰りに気軽に寄る場所」と認識することによって芸術鑑賞をより身近に感じることができるので、私はこの学生料金のコンセプトには大賛成である。実際に、自分のニューヨーク公演(しかも、現代音楽!)でも若いお客さんが多く並んでいた時には本当に嬉しかった。
日本でも学生券の設定は増えてきているようだが、音楽の未来のためにもこの考え方がもっと浸透することを願っている。