私が近年の活動で大切にしているのは「ジャンルを超える」ことである。
音楽面でも、リサイタルやオーケストラとの共演の傍ら、歌手の方々との音楽番組でのコラボレーションやポップスのカバー動画作り、アルゼンチンタンゴの演奏に友人とのジャムセッションなど、クラシック音楽だけにはこだわらない。
教育面でも、国際教養大学では「Music Beyond Borders(マクロ音楽学)」という学科目をデザインし、教育やスポーツ、リーダーシップなど異分野のトピックを音楽のレンズを通して学ぶという授業を行なっている。
どんな学問分野でも、ある一つのカテゴリーに全て収めてしまえばそこでおしまいだが、オープンに興味分野を組み合わせていくと、そこに無限の可能性が広がっていく。その発想の元となったのが、大学院時代の「音遊び」である。
スケジュールに余裕ができると、定期的に友人のYouTubeチャンネルでジャムセッションを行なっていた。その日空いている音楽仲間がアパートの一室に集まり、セッションで最終的にできた音楽作品を録画配信するものなのだが、今思い返すと脳への刺激がなかなか強烈だった。
当日まで曲の予習は特にせず、集まった仲間でセッション曲を決める。曲の構造を知るために、何回か通して聴く。そこからは即興勝負である。
耳から入った音楽を頭の中で音符に変換し演奏する、いわゆる「耳コピ」するのと同時に、自分の楽器でどのパートを取るか瞬時に判断し、アレンジを加える。
楽器編成はその日集まることができる仲間次第なので、低音の弦楽器が複数いるようなベースヘビーな場合や、メロディを取れる楽器がバイオリンしかない時もあり、かと思えばジャズ畑のドラマーやトランペット奏者がノリノリで参加していることもある。
あとは話し合ってアレンジを完成させると、皆の個性が好き放題に入り混じり、完全にその日の「生」の音楽ができあがる。
報酬は、近所のヒスパニック家族が営むスムージー屋さんの好きなスムージーひとつ。各ジャンルの最前線で瑞々しく活動する仲間たちと音楽について議論しながら飲むそれがまた美味しかった。
今回の旅でもセッションは健在。久しぶりに会うのに阿吽の呼吸で即興演奏できる仲間は最高で、「彼らとこの感覚を身につけられたから今の自分があるのだな」と感慨深い。