アステイオン

経済学

FRB元議長ポール・ボルカーと「中央銀行の時代」

2023年01月11日(水)08時07分
白川方明(青山学院大学特別招聘教授、前日本銀行総裁)

こう書くと当たり前のことのように思われるかもしれないが、金融政策中心の中央銀行観からみると、ある種の文化革命のような考え方であり、40年ほど前に初めてそうした考えに触れた私は魅力を感じた。

金融政策は大事ではあるが、中央銀行という組織が物価をはじめとするマクロ経済変数ばかりに関心を集中させ、自らが社会に最も貢献できる仕事のことを忘れるという態度への大いなる警鐘でもあった。

コリガンの努力は時間を経て中央銀行の次の世代に引き継がれていった。例えば、リーマン危機の時に外国為替取引は支障なく行われたが、これは時差に伴う決済リスクを解消する仕組みが主要国中央銀行の働きかけで実現していたことによる面が大きい。

この仕組みがないままリーマン危機を迎えていたら、世界経済の大混乱はとてもあの程度では済まなかったと思う。

FRBの創立100周年記念のオーラルヒストリーのインタビューにおいて、ボルカーはニューヨーク連銀総裁時代にコリガンを見出し意識的に色々な部署を経験させたことを述べている。

そのコリガンは彼自身のオーラルヒストリーのインタビューの中で、初めて現場部署で仕事をした頃を回想し、「配管仕事」(plumbing)の重要性を認識するに至った経緯を語っている。こういう一連の流れを見るにつけ、中央銀行についても、重要なのはリーダーであり、そこで働く人であり、さらに組織の文化であることを強く感じる。

翻って現在はどうか。中央銀行の世界もボルカーやコリガンが活躍した頃と比べると、人も政策も随分変化した。シンボリックな言葉で言えば、バンカーからエコノミストへ、「建設的な曖昧さ」から透明性の時代へ、懸念の対象がインフレからデフレへとスイッチする時代へという変化である。

物価安定の定義もボルカーの頃は「一般的な物価の相当期間にわたる上昇(下落)の予想が経済・金融行動に広範な影響を及ぼさない状態」というものであったが、現在は「2%」という正確な数字に置き換わっている。どちらが良いかはさておき、大きな環境の変化を反映しているのは間違いない。

ただ、気が付いて見ると時計の振り子が極端に一方向に振れてしまってはいないかどうかという反省は必要だと思う。物価安定は重要であるが、物価指数の動きに過度に拘った結果、金融システムで蓄積しつつあった不均衡の芽を見過ごすことになりやすく、結果としてグローバル金融危機が発生した。

冒頭、欧米の中央銀行の最近のインフレ予測の失敗や金融引き締めの遅れに言及したが、これもゼロ金利にぶつかって金融政策の発動余地がなくなるといった事態に陥ることのないように、現実の物価上昇率が2%を相当期間上回っていることが必要という思い込みが強かったことが深層心理として影響していたように思う。

ボルカーの行ったことの今日的なインプリケーションは何であろうか。ボルカーの行った強力な金融引き締めは理論に基づく政策処方箋というより、永年の問題が蓄積した結果として生じている激しいインフレに対する彼のプラグマティックな解答であった。

そして、その解答に基づく行動がやがて経済の改善をもたらし、さらに、そこから新たな理論が生まれ制度が作られ、それがある時期まで良好な経済を生み出した。しかし、そうした成功自体が次の失敗の芽を創り出していった。

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