下世話なメディアのマクロン夫人評

2017年5月10日(水)13時00分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

こうした報道に「自身の容姿がまだ見られるうちに(マクロンは)早く出馬したほうがいい」とジョークで応じるなど明るい対応をしてきたブリジット。いったいどのような人生を歩んできたのだろうか。

マクロンは娘の同級生だった

1953年、北フランスのアミアンで5代続く裕福なショコラティエの家庭に生まれたブリジット。教員資格を取得した後に、東部ストラスブールの学校で教職に就き、21歳のとき銀行員のアンドレ=ルイ・オズィエールと最初の結婚をした。

若き日のマクロンとブリジット


38歳で故郷のアミアンへ戻ってからは、地元の高校で国語やラテン語を教えながら演劇部の担当として指導に当たる。このときブリジットの長女は高校生で、その同級生が未来のフランス大統領になるマクロン少年だった。

2人が出会った高校で舞台に立つマクロン


40歳で3人のこどもを持つブリジットと、16歳のマクロンは脚本を共同執筆するなどで急接近。ブリジットは、マクロンの猛烈なアプローチを受けながらも、拒否し続けていたというが、後に国営メディア「フランス3」に「徐々に知性に魅せられていった」と明かしている。

事実はフランス映画より奇なり

ブリジットの離婚の経緯は明らかでないが、2006年に前夫と離婚し、2007年に2人は入籍した。地元メディア「ラ・パリジェンヌ」で結婚式の様子を見ることができる。

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