コラム

向かうところ敵なしの習近平に付ける薬もなし

2018年04月03日(火)14時45分

全人代で憲法に手を置き宣誓する習近平国家主席(3月17日) Thomas Peter-REUTERS

<アメリカ大統領を気取った異例の憲法宣誓式の茶番――革命の大義も失い自分ファーストになり下がった中国の行方>

自らの名前を冠した思想が書き込まれた憲法に手を置いて、「人民による監督を受け入れる」と宣誓する。何ら監督権がない当の人民にはしらじらしいが。習に続いて、一旦は政界から身を引いて平の党員となった盟友が同様な儀式を行う――。3月17日に全国人民代表大会で習近平(シー・チンピン)国家主席と王岐山(ワン・チーシャン)副主席が演じた茶番劇だ。

中国の歴代指導者はこれまで憲法に宣誓する儀式を行ってこなかった。こうしたパフォーマンスはかつて敵視した「アメリカ帝国主義」の猿まねだ。米大統領は聖書に手を置いて憲法への忠誠を神に誓う。だが習と最側近の王は憲法に手を置いても実際には恐れるべきものなどない。何しろその憲法は、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」と自身の名を飾るなど、万事、習が終身制に基づき独裁を敷くための紙くずだ。

誰かが反対すれば、習の右腕として政敵の一掃で尽くしてきた王がすぐさま粛清の刀を振り下ろすのは目に見えている。全人代では習の主席再選は満場一致の賛成で、王の副主席選出に反対は1票だけ。しゃんしゃんの度合いを過ぎて、そのうち王朝時代のように平伏して、「皇帝陛下万歳」と叫ぶのも時間の問題だろう。

建設的関与という空想

3月19日付の中国共産党機関紙「人民日報」は社説で習を「中国人の舵取り」と称賛。かつて習の「師匠」毛沢東は「偉大な舵取りにして偉大な導師、偉大な領袖」と賛美されていた。習にも「導師」「領袖」の称号が早晩、使われるだろう。

習の中国を世界史上、どのように位置付けるべきだろうか。

第1に、革命的であるはずの中国共産党が実は「反革命的」であることだ。現代の世界は89年に起きた世界規模の民主化を1つの起点としている。それまでは世界全体が共産主義と資本主義という東西陣営に分かれていたが、東側の民主化運動で共産主義体制は崩壊した。

その際、「ロシアのくびき」につながれていた中央アジアの諸民族は独立し、民族国家を建設。その法的根拠となったのがソ連憲法だ。民族自決権を承認したマルクス・レーニン主義に基づいて、ソ連憲法は当初から諸民族に分離独立権を与えると定めていた。中央アジアの諸民族もその権利を行使して民族自決が実現できた。

一方、中国は89年6月4日に民主化を求める市民と学生を武力で弾圧して以来、世界の潮流と完全に逆行していった。民主化や民族自決どころかますます専制主義体制を強化して今日に至った。

その集大成として誕生したのが「習近平憲法」だ。マルクス・レーニン主義の思想を実践したソ連に対し、それと逆行する中国共産党は党名にふさわしからぬ封建的な「反革命」政党としか言いようがない。

第2に、中国の対外政策は反グローバリゼーションだということだ。グローバリゼーションとは、ものや情報、思想の自由な越境を意味する。どの国もたまに保護主義に傾斜する指導者が現れるが、グローバリゼーション自体には抵抗できない。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

オーストラリア年次予算、2年連続で黒字見込み 14

ビジネス

SUBARU、トヨタと共同開発のEV相互供給 26

ビジネス

対仏投資促進イベント、160億ドル獲得見込み 昨年

ワールド

イスラエルの格付け据え置き、見通しネガティブ=ムー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story