最新記事

「泡を作らないのは初心者」...人類が「最高のビールの泡」を求め続けた歴史とは?

Foam Makes a Beer Great

2023年7月9日(日)09時47分
アニスタシア・レナード・ミラー(アルコール史研究家・コンサルタント)
ビール

ビールに欠かせない白い泡はどれくらいの量が正解? CHRISTOPHER PEDRAZA/ISTOCK

<中世になって醸造に樽を使ったことが、泡の重要性を高める大きな転機に。グラスを傾けずに直立させたまま注ぐ理由について>

最高のビールを味わうために、必要なものは何だろう?

グラスをキンキンに冷やす人もいれば、ライムを一切れ添える人もいる。しかし泡の重要性については、あまり知られていない。どのくらいの量の泡が適切か? それはどうすればできるのか?

泡の量が多すぎると、鼻の下に白い「ひげ」ができてしまう。でも少なすぎると、おなかが早く膨れてしまう。

泡の正体は炭酸ガス。もし泡がなかったら、炭酸ガスはビールに溶け込んだまま胃に入る。そこへ何かを食べたりすると、胃の中でビールと混ざり炭酸ガスが放出され膨脹してしまう。

泡を作らないようにグラスを傾けて注ぐのは、初心者が陥りがちな過ちだ。

この問題を解決しようと、日本のデザインオフィス「nendo」が先頃、プルタブが2つ付いたビール缶を発表。

1つ目のプルタブを引いて飲み口を少し開ければ、きれいな泡が注がれる。その後、2つ目のプルタブで飲み口を全開にしてビールを流し込むと、液体と泡の比率が程よい一杯ができる。

これはおいしいビールを飲むために考え出された技術の最新例。そもそもビールが作られるようになって以降、人類は最高の一杯を飲むために絶え間ない努力を続けてきた。

ビールが初めて作られたのは約1万3000年前、現在のイスラエルのハイファ付近だとみられている。この辺りにいた最初のビール生産者と消費者は、東地中海の狩猟採集民族であるナトゥーフ人だ。

彼らが飲んでいたビールはろ過されておらず、見た目は薄い粥(かゆ)のようだった。このため、紀元前5~4世紀のイランやイラクでは、先端にフィルターを付けて固形物が入ってこないようにした「ビールストロー」が発明された。

グラスは立てたままで

人類ビール醸造史の次の大きなステップは、密閉度が高い容器である樽の使用だ。中世になり、木を使った樽やおけが普及。これによって容器の中で酵母菌を発酵させて炭酸ガスを作れるようになり、以前の粥のようなビールから脱することができた。

このときビールを一定の圧力下で保管・販売することが、初めて可能になった。見た目や味は根本から変わり、注ぎ立てのものは発泡性と泡立ちを備えた。こうして泡は、ビールの新鮮さを示す重要な要素になった。

かつてビールの泡は「襟」と呼ばれていた。この言葉を初めて使ったのは、ジョン・スタインベックの1945年の小説『キャナリー・ロウ〈缶詰横町〉』だが、なぜこの呼び名になったかは分からない。

実際、人々が泡の呼び方に頓着しないのは、正しいビールの注ぎ方に頓着しなかったことと関係がありそうだ。

昔から、ビールは泡をたくさん立てて注がれていたから、「泡切り」の道具が必要だった。泡を多くしたければ、グラスを傾けず直立させたまま注げばいい。こうすると炭酸ガスが解き放たれ、よりおいしい味わいがグラスの上のほうに運ばれる。

ところが最近は、グラスを傾けてビールを注ぐ人が多いようだ。これでは最低限の泡しかできず、クリーミーで香ばしい一杯を味わえない。

今度ビールを注文するときは、店員にグラスを立てたまま注ぐように頼もう。最高の一杯には泡が欠かせない。

The Conversation

Anistatia Renard Miller, PhD in History, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

SDGs
使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

25・26年度の成長率見通し下方修正、通商政策の不

ビジネス

午前のドルは143円半ばに上昇、日銀が金融政策の現

ワールド

米地裁、法廷侮辱罪でアップルの捜査要請 決済巡る命

ビジネス

三井物産、26年3月期は14%減益見込む 市場予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中