最新記事

エネルギー危機

突如、世界中でエネルギー価格が急騰──何が起きているのか、この先何が起こるのか

Suddenly We Are In the Middle of a Global Energy Crisis

2021年10月14日(木)22時19分
ルリオン・デ・メロ(豪マッコーリー大学金融学上級講師)
フランスのガソリンスタンド

ガソリン価格は日々上がる一方だ(写真は南仏ニースのスタンドで10月13日に撮影) Eric Gaillard-REUTERS

<ポストコロナのV字回復を目指す世界経済を襲うエネルギー危機の複合要因をひもとく>

コロナ禍が収束の兆しを見せ、さあ、経済回復に舵を切ろうというこの時期。世界をいきなりエネルギー危機が襲った。1970年代のオイルショック以来の不意打ちだ。長期にわたり経済活動が停滞していたのだから、石油はあり余っているはずなのに、いったい何が起きているのか。

ヨーロッパとアジアではガソリン価格が記録的レベルに上昇。原油価格は3年ぶりの高値をつけ、中国、インド、ドイツでは石炭価格の高騰で電力需給が逼迫し、大停電に見舞われかねない状況になっている。

エネルギー需要の急増をもたらした主要因はコロナ禍からの経済回復だが、ヨーロッパとアジア北東部でこの冬も厳しい寒さが予想されることも燃料価格を押し上げている。さらに、中国が国産の石炭・天然ガスの備蓄を進め、ロシアがEUとの駆け引きのために天然ガスを「出し惜しみ」しているとみられることも、エネルギー需給を逼迫させている。

ちなみに筆者の住むオーストラリアでもガソリン価格が急騰しているが、近々急落する可能性もある。

イギリスの場合は、燃料不足が懸念されるなか、燃料を運搬するトラックの運転手の不足が伝えられて、パニックによる買い占めが広がり、一気に事態が悪化した。EU離脱後に東ヨーロッパなどから出稼ぎに来ていた運転手らが帰国してしまい、深刻な人手不足になっていることが背景にある。

増産拡大を見送ったOPECプラス

そこに追い打ちをかけたのが、この夏イギリスを襲った無風状態、いわゆる「風なき夏」だ。風力発電はイギリスの電力供給の24%前後を占めており、異常気象で発電量が通常より大幅に落ちたため、電力需給が著しく逼迫した。

英政府は「脱石炭」を掲げて、再生可能エネルギーへの転換を進めてきたため、火力発電所の設備余力が低下し、緊急時にすぐさま石炭に切り替えることができなかったのだ。

それでもボリス・ジョンソン英首相は、引き続き風力発電を推進する構えで、「風力のサウジアラビア」を目指すと豪語。大規模な洋上風力発電所の建設を後押しし、10年以内にはイギリス全土の家庭用電力を100%風力で賄う予定だ。

イギリスが「風なき夏」への対応を迫られたことに加え、ドイツ共々ロシアの天然ガス「出し渋り」に泣かされていることも、原油価格を押し上げる要因になっている。石油、軽油、ジェット燃料の80%を輸入に依存しているオーストリアにとっても原油値上げは深刻な事態だ。

OPECとロシア率いる産油国グループで構成するOPECプラスは、この夏増産で合意したものの模様眺めの姿勢を崩さず、世界的な需給逼迫にもかかわらず10月初めの会合でも大幅な増産を見送った。

天然ガス価格の急落もあり得る

ロシアがイギリスとドイツ向けの天然ガス輸出を制限しているのは、新設のパイプラインの稼働を早期に認めるよう、EUに圧力をかけるためとみられている。このゴタゴタが決着し、ロシアが出し渋りをやめれば(来年半ばまでには、そうなる見込みだ)、天然ガスと原油の価格は下落するだろう。

オーストラリアは日本、韓国、台湾と天然ガス輸出で好条件の長期契約を20〜30件結んでいるが、それらの契約は数年で期限切れになるため、逆に価格低下の影響をもろに受けることになる。

ベトナム、インドなど、天然ガスのインフラ整備に重点的に投資しているインド太平洋諸国も打撃を受けかねない。

今のところは、天然ガスと石油の価格上昇に伴い、多くの国々は発電用と工業用の石炭への回帰を強いられている。そのためアジア市場では、一般炭(発電用とボイラー用の燃料となる)が最高値を更新し続けている。

アジアでは石炭の需要増が見込まれる一方で、増産は追いついていないのが実情だ。中国では、猛暑の夏に続いて、極寒の冬の到来が予想されている。経済の急速な回復に加え、気候変動によるこうした寒暖の激化も手伝って、石炭需要が急増。石炭不足が目下の電力危機の主要因となっている。

エネルギー転換のいばらの道

中国はわずか数カ月前に二酸化炭素(CO2)排出量の削減目標を達成するため、「脱石炭」を打ち出したばかり。今では各地の火力発電所で石炭の備蓄が底を突きかけ、当局は石炭確保に目の色を変えている。石炭の備蓄量の減少はインドでも深刻な問題になっている。

中国は新型コロナウイルスの起源に関する独立した調査を主張したオーストラリアに猛反発し、オーストラリア産石炭の輸入を非公式に禁止したが、石炭不足に苦しむ今、この姑息な報復措置を撤回するのは時間の問題とみられている。

ヨーロッパでは、ドイツやオーストリアなどがいち早く「脱原発」に踏み切ったこともあり、天然ガスが供給不足で値上がりしたとなると、石炭需要の急増は避けられず、一般炭の価格は記録的なレベルに跳ね上がっている。

輸出元のオーストラリアでは、ニューカッスル港から積み出される一般炭の価格が250%上昇し、2008年のリーマンショック前の史上最高値に迫っている。

今回のエネルギー危機が明らかにしたのは、再生可能エネルギーへの転換は予想以上に時間がかかること、そのプロセスは予想以上に厄介で、直線的には進まないことだ。この危機は10月31日にイギリスのグラスゴーで開幕する気候変動対策の国際会議COP26にも影を落とすだろう。

The Conversation

Lurion De Mello, Senior Lecturer in Finance, Macquarie University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 トランプ関税15%の衝撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月5日号(7月29日発売)は「トランプ関税15%の衝撃」特集。例外的に低い税率は同盟国・日本への配慮か、ディールの罠

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英アーム、内製半導体開発へ投資拡大 7─9月利益見

ワールド

銅に8月1日から50%関税、トランプ氏署名 対象限

ビジネス

米マイクロソフト、4─6月売上高が予想上回る アジ

ワールド

トランプ氏、ブラジルに計50%関税 航空機やエネル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 5
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 6
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中