最新記事

韓国

「日本の大陸進出の野心」が怖い......韓国与党の主張への疑問

2021年2月5日(金)17時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

文在寅政権の海軍軽空母導入には国内からも疑問の声が絶えない Jeon Heob-Kyun/Pool/REUTERS

<まさか韓国与党の首席報道官は、日本が軍事的な覇権を求めて「大陸進出」しようとしていると考えているのか>

韓国紙・ハンギョレは4日、「『韓日海底トンネル』にとんでもない『イデオロギー論』」と題した記事を掲載し、次のように伝えた。

〈野党「国民の力」が、4月7日の再選・補欠選挙にともない行われる釜山市長選挙を控え打ち出した「加徳島・九州海底トンネル」の公約に対し、突然、親日議論が広がった。韓国と日本の間に海底トンネルを作れば日本に一方的に有利であるため、「親日公約」だというのが共に民主党の主張だ〉

<「日本に勝てない」>

釜山市長選では以前から、加徳島の新空港構想が争点のひとつになっており、与党・共に民主党は積極推進の立場だ。同構想は経済合理性に関して疑問符が付けられていることもあり、保守野党・国民の力の指導部は最近まで立場を決めかねていたのだが、選挙が迫り、地元受けをねらって賛成を決めた。ただ、「新空港ひとつで釜山の経済がよみがえるわけではない」と主張してきたこととの整合性を保つため、日韓を海底トンネルでつなぐという数十年前からあるアイデアを引っ張り出してきてくっつけたのだ。

問題は、これに対する与党の反応だ。共に民主党の崔仁昊(チェ・イノ)首席報道官は1日、記者団に対し「日本の大陸進出の野心に高速道路を架けてやるようなもの」と発言。翌日発表した書面による談話でも、海底トンネル構想を「親日的な議題」だと主張した。

公正を期して言うならば、崔報道官の批判の大部分は経済的な観点からのものだ。要約すると「莫大な費用がかかる海底トンネル構想は実現性が乏しいし、日本側からの提案もない。できたとしても利は日本側の方が大きく、釜山が得るものは少ない」という趣旨である。

こういった論争は、韓国国内で大いにやれば良いだろう。日本もまた、こういった話に関心を持つか持たないかは自国の都合による。

しかしどうして、このような話に「日本の大陸進出の野心」などという主張を混ぜ、ネガティブな意味で「親日的な議題」などという言葉を使うのか。韓国の政党が反日世論を選挙利用しているという見方を裏付けるものと言えるが、その範囲で収まっていればまだマシかもしれない。

そもそも、「日本の大陸進出の野心」とは何を思い浮かべて言っているのか。経済的な大陸進出ならば、日本はとっくの昔にやっているし、それが「問題だ」と言う国は韓国を含めひとつもない。崔報道官はもしかして、日本が軍事的な覇権を求めて「大陸進出」しようとしていると考えているのか。まさか、韓国与党の首席報道官ともあろう人物が、そんなはずはなかろう。

しかし、不安にさせられる要素があるのも事実だ。文在寅政権は海軍の軽空母導入を進めているが、これには「なぜ我が国に空母が必要なんだ」という疑問の声が韓国国内からも絶えない。推進派は、先にいずも型護衛艦の空母化を決めた日本への対抗心を隠そうともせず、「持ったとしても、わが国の空母はぜったい日本に勝てない」という専門家の批判にも耳を貸さない。

<参考記事:「韓国の空母は日本にぜったい勝てない」韓国専門家も断言

文在寅政権は最近、日韓関係の改善を目指す姿勢をアピールしているが、与党の首席報道官が今回のような言動をしていては、真意を疑われざるを得ない。

ちなみに、ハンギョレは政権に近い進歩系メディアだが、冒頭の記事は与党に対する批判調の内容になっている。身内ですら「おかしい」と問題提起する崔報道官の発言を、韓国の政権・与党は正すべきではないのか。

<参考記事:文在寅の空母が自衛隊に「ぜったい勝てない」理由...韓国専門家が解説

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスから人質遺体1体の返還受ける ガ

ワールド

米財務長官、AI半導体「ブラックウェル」対中販売に

ビジネス

米ヤム・ブランズ、ピザハットの売却検討 競争激化で

ワールド

EU、中国と希土類供給巡り協議 一般輸出許可の可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中