最新記事

安全保障

インドが「核の先制不使用」を捨て去る日

From ‘No First Use’ to ‘No, First Use?’

2019年8月31日(土)11時50分
アンキット・パンダ

モディ首相(左)とシン国防相は新たな核政策を模索するのか AP/AFLO

<インドとパキスタンの緊張激化で揺れ動く核抑止力の限界。モディ政権による核ドクトリン修正はあるのか>

核攻撃を受けない限り核兵器を使わない「核の先制不使用」の原則を採用しているインドだが、ある発言を機に、その核政策が改めて注目されている。

インドのラジナト・シン国防相は8月16日、1998年に地下核実験を行った西部ラジャスタン州ポカランを訪問。インドは先制不使用を「固く守ってきた」と述べた上で、こう続けた。「将来どうなるかは状況次第だ」

2003年にインドが発表した核ドクトリンを直ちに覆すわけではないが、「今や揺らいでいる核ドクトリンの柱を守り続ける気があるのか、疑問を投げ掛ける」発言だ。南アジアの安全保障の専門家でニューヨーク州立大学オルバニー校のクリストファー・クラリー助教とマサチューセッツ工科大学のピピン・ナラン准教授は、インドの有力紙ヒンドゥスタン・タイムズでそう指摘している。

クラリーとナランが安全保障の学術誌インターナショナル・セキュリティーに投稿した論文で述べているとおり、インドの高官たちは長年にわたり、公私の発言で核の先制不使用に疑問を呈してきた。

1998年に核実験を強行したアタル・ビハリ・バジパイ首相(当時)は2000年に、「爆弾を落とされて破壊されるまで私たちが待っていると(パキスタンが)思っているのなら、彼らは勘違いしている」と語った。

ただし、クラリーとナランがヒンドゥスタン・タイムズで述べているように、シンは2003年の核ドクトリン以降「インドの政府高官として初めて、先制不使用の政策が永続的でも絶対的でもないと明言した」のだ。

今回のシンの発言は、パキスタンと中国が抱き続けてきた疑念を裏付けることになるだろう。共に核保有国でインドと敵対する両国は、インドの先制不使用の政策を信用したことは一度もない。同じようにインドも、中国が1964年に先制不使用を採用して以来、疑問を抱いてきた。

発言がニュースをにぎわすと、シンはすぐに政府の立場を繰り返すツイートを投稿した。

「ポカランはアタルジ(バジパイの敬称)が、インドは核保有国になるが『先制不使用』の原則は固持すると、決意を固めた場所だ。インドはこのドクトリンを忠実に守ってきた。将来どうなるかは状況次第だ。インドが責任ある核保有国の地位を獲得したことは、この国の全市民にとって、国の誇りになった」

武力衝突の現実を前に

バジパイの時代に先制不使用を宣言したことは、中国とパキスタンに対する核抑止力を意識しただけではない。インドが核拡散防止条約(NPT)の枠組みの外で核大国の仲間入りをするという、より広い外交戦略を踏まえたものでもあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

CBS、エルサルバドル刑務所の調査報道を直前延期 

ビジネス

首都圏マンション、11月発売戸数14.4%減 東京

ビジネス

中国、少額の延滞個人債務を信用記録から削除へ

ワールド

ブラジルの11月外国直接投資は予想上回る、中銀の通
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 9
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中