コラム

事実認識が欠落したまま過熱するアメリカの移民論議

2024年02月28日(水)15時45分
移民

合法的に審査を待つ人たちは「不法移民」ではない(テキサス州エルパソ、2022年12月) Ruben2533/Shutterstock

<南部国境に犯罪者なども混じった移民が殺到しているという「印象論」だけで大統領選の争点になっている>

米大統領選が進行する中で、現在最も大きな争点は「移民問題」だと言われています。特にドナルド・トランプ前大統領とその支持母体である共和党の保守派は、いま南部国境においては「危機」が進行しており、その責任は現バイデン政権にあるとしています。世論調査では、共和党支持者の中で最も関心の高い論点は「移民問題」であるとも言われています。

この傾向は共和党支持者だけではありません。民主党支持者や中間派の中でも、あたかも国境に人が殺到しているかのようなニュース映像に影響されて、バイデン政権は無能というイメージが浸透し始めています。ただ、報道もそうですが、政治家たちもこの問題を過度に取り上げる中で、論点が事実からかなり離れているのも事実です。

そこには3つ大きな問題があります。

1つは、毎日のようにニュース映像で流れる「国境にあふれる移民」のイメージです。具体的には危険を冒してメキシコ国境のリオ・グランデ川を渡ってくるグループです。多くの人は、このイメージ、特に移民希望者による長蛇の列の映像を見て「不法移民がアメリカに殺到している」という不快感を抱きます。

ですが、このグループは厳密には不法移民ではないのです。まず、国境のチェックポイントに並んで合法的に審査を待って入るグループ、このグループの行動には非合法性はありません。ですが、行列を見るアメリカ人の視線は「大量の不法移民が入ってくる」という差別と偏見に歪んでいます。

次のグループは川を渡ってくるケースで、これは子どもの健康などに配慮すると、合法審査の順番を待つのが無理という場合に、人道目的で国境に設けられたルートを通って一瞬不法入国する場合です。入国は不法かもしれませんが、直ちに当局に拘束され、そこで申請を行って受理されるとチェックポイント経由よりも早い場合があります。

 
 

本当の「不法移民」はニュース映像には映らない人たち

本当の意味での不法移民というのは、これらの「見える」人々ではありません。そうではなくて、メキシコ国内でスマグラーと呼ばれる悪徳業者に大金を払って、完全に非合法的に国境を越えてくるグループです。多くの場合はアメリカで働いて仕送りをしようという経済的な理由ですが、中には犯罪予備軍も混じっているかもしれないし、アメリカで問題になっている麻薬、合成鎮痛剤の密輸ルートもこれに重なってきます。

具体的な手口としては、貨物のコンテナに大勢の人間を押し込めて施錠し、何らかの方法で入国審査を突破してくるとか、あるいは船舶を用いるなど、とにかく犯罪組織が介在しています。スネークヘッドとか、コヨーテなどというグループが関与していると言われていますが、実態は不明な点が多いのです。

現在、アメリカの治安を悪化させているのは、前者ではなく後者です。ですが、後者は巧妙な手口を使っているために映像化は不可能です。ですから、前者の移民、具体的には正当な国際条約と、正当な合衆国の国内法に従って移民申請、もっと言えば難民申請をしているグループの映像を見せて「こんなに人が溢れている」とか「犯罪者や麻薬が流入している」などというプロパガンダが展開されているのです。ですが、そのストーリーのほぼ全体は事実と異なっています。

2番目の問題は、難民申請者が増加したことへの対策です。まず、2020年頃から増えていたホンジュラスでの治安悪化から逃れて、グアテマラ、メキシコ経由でアメリカに難民申請する母子のグループというのは、ここへ来て激減しています。これは、2022年に当選、就任したシオマラ・カストロ大統領(女性)がギャングの取り締まりに踏み切ったからです。彼女は当初、人権を重視した国内法の規定により十分な成果を上げることができませんでしたが、当時この問題の陣頭指揮を取っていたカマラ・ハリス副大統領が乗り込んでいって、かつて辣腕検事であった際のノウハウを伝授、その対策で効果があったと言われています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=

ワールド

独首相、ウクライナ戦闘の停戦協議開催地にジュネーブ

ビジネス

米メルクの脂質異常症経口薬、後期試験でコレステロー

ビジネス

中国サービスPMI、8月は53.0 15カ月ぶり高
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story