コラム

石原慎太郎氏が残した3つの謎

2022年02月02日(水)14時00分

作家として政治家として石原氏は大きな存在感を示し続けた Toru Hanai-REUTERS

<初期の文学作品の虚無的な作風と、政治家として掲げた保守イデオロギー>

石原慎太郎氏の訃報に接しました。享年89歳ということを考えれば静かに見送ってもいいわけですが、訃報が大きく取り上げられているのは最晩年まで存在感を示した結果だと思います。また、これだけ中央政界や都政に影響力を行使した公人中の公人ですから、逝去にあたって生前の業績についての賛否両論のさまざまな論評がされるのは当然です。

石原氏については、その多彩な活動で知られていますが、私には活動のそれぞれが、どこかミステリアスに思えてなりませんでした。創作にしても、国政にしても、地方行政にしてもです。いずれも超一流の業績とは少し違うにも関わらず、残した印象は不思議に鮮烈だったということも、それに拍車をかけています。

おそらく、石原氏というのは世相を読み取り、時代の方向性を自分のエネルギーに変えていく種類の作家であり、政治家だったからではないかと考えられます。ということは、氏の仕事を評価すること、とりわけそのミステリアスな面を検証することは、昭和末期から平成の日本の歴史を探る上で大切な作業になるのではないかと思うのです。

1つ目の謎は、若い時の文学作品です。話題になったデビュー作の『太陽の季節』にしてもそうですし、それ以上に物議を醸した『完全な遊戯』が特に典型だと思うのですが、とにかく女性というジェンダーの尊厳を徹底的に冒涜した虚無的な世界を描いているわけです。特に『完全な遊戯』は「拉致監禁の末の快楽殺人」を描いたとして批判されても仕方のない小説です。

左派カルチャーへの反発

作品そのものについては、石原氏がそうした作品を好んで書いていたという以上でも以下でもないのですが、問題はそうした作品がどうして1950年代後期の日本社会によって受け入れられたのかということです。石原氏の作品は、100%純粋なアートを志向しているのではなく、「売れ線狙い」の甘さを加えているのがミソであり、だからこそ話題になったわけで、ある種の世相を代弁していたのは事実だと思うからです。

戦後の荒んだ気風が残っていたとか、民主化された日本で主流とされていた、行儀のいい中道左派的なカルチャーへの反発があったというような説明は、もちろん可能でしょう。ですが、そんな表面的な説明では届かないような、極めて不快だが、その一方で無視や放置のできない「ミステリアスな何か」が氏の初期作品にはあって、それが時代とシンクロしたのは事実だと思います。とにかく小説家・石原慎太郎の特に初期作品に関しては、同時代における読まれ方を含めた再評価が必要だと思います。

2つ目は、石原氏がどうして国政では敗北していったのか、またどうして地方行政では勝ち続けた(75年の都知事選敗北を除いて)のかという問題です。まず国政についてですが、何よりも、1983〜84年に故中川一郎氏の派閥継承に失敗して、屈辱的な形で福田赳夫氏率いる清和会に合流した時の石原氏の姿が鮮烈に記憶に残っています。

一つの可能性は政治資金の枯渇ということだと思います。石原氏の政界進出は1968年でした。参議院の全国区から自由民主党公認で立って、個人で301万票を集めて当選したのです。とにかくベストセラー作家で、石原裕次郎の兄という超有名人のタレント議員だったわけで、301万票という集票力は半端ではありません。その人気を背景に田中角栄氏の金権批判を展開して喝采を浴びたりしていた姿は今でも記憶に残っています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story