コラム

ニッポン製造業は国内雇用に冷淡で良いのか?

2010年07月09日(金)10時21分

(編集部からのお知らせ:冷泉彰彦さんの著書『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』〔阪急コミュニケーションズ〕が7月10日に発売されます。このブログの過去のエントリーも一部加筆して掲載されています。全国の書店でご購入ください)

 前原国交相が「新幹線売り込み」のトップセールスのためにアメリカに来ていたというニュースがありました。欧州や中国のメーカーが攻勢を掛ける中で、大臣自らが乗り込んで来たというわけですが、報道によれば日本の強みの1つは、既に北米に車輛工場を持っているので、新幹線車輛受注が「アメリカの国内雇用創出」につながるという点だというのです。

 トヨタの例が示すように、日本の製造業は、特に北米に市場を持っているジャンルの製品に関しては「現地生産」を重要な戦略として過去30年ぐらい、米国への生産拠点を移転してきました。これは、確かに雇用に敏感な米国世論に配慮したものですし、場合によっては時の米国の政権に強く求められてのことでもありました。また、いわゆる円高対策として日本企業の側にも直接のメリットのある話でもありました。

 ですが、例えば自動者各社の場合は、日本国内雇用を全く切り捨てていたわけではなかったのです。いわゆる輸出規制枠は、トヨタのレクサス、日産のインフィニティに代表される、高価格付加価値車に振り分けて、台数は抑えつつ、単価を高くして国内の雇用を維持してきたのでした。勿論、現状では非正規の問題など、決して自動車産業の国内雇用の問題は明るくはないのですが、高付加価値車の生産を国内に残したという判断は正しかったという評価が大勢だと思います。

 こうした自動車の例と比較しますと、今回の新幹線車輛の話は、あまりに単純すぎて頭がクラクラするのです。新幹線あるいはリニアという、最も高付加価値、最先端の部分を国外に出す、しかも「現地雇用の確保」を売りものにして、閣僚が「トップセールス」を行うというのはどういうことなのでしょう?

 米国の場合、大変な人気を誇ったオバマ大統領ですが、好転しない失業率は盤石に思われた支持率を揺さぶっています。個人の自由が大幅に制限されている中国でも、給与水準の改善を訴えるストライキが頻発するようになっています。こうした米中の動きと比較すると、日本の製造業というのは、個々のメーカーも政府も、いや労働者自身ですら国内雇用の保護には関心が薄いように見えます。

 ですが、今は「右肩上がり」の成長は夢のまた夢という厳しい時代です。製造業の国内雇用に関して言えば、個々の労働者も、あるいは行政も必死になって守って行くべき時代・・・そんな思いもあります。例えば、同じ日本でも、農業や小売業などにはWTO加盟国の中でもかなり強硬な種類に属する保護主義が存在します。それを考えると、アメリカや中国のように、製造業に関しても、政治が国内雇用を守るような「クラシックな保護主義」を取る、その点では日本が「普通の国」になる、そんな選択もあるのかもしれません。

 ただ、例えばオイルショック以来の日本の製造業は、強欲だったから、自国の国内雇用の責任を放棄してきた、そう評価するのは酷だと思います。むしろ、製造拠点をよりコスト競争力のある国に分散して激しい競争に勝ち抜きながら、不断のイノベーションで商品の価値を高めて最終的に国内に富をもたらしてきたのです。そのカネが国内で回ることで「一億総中流」と言われる繁栄を享受してきたのでした。

 少なくとも、バブル崩壊前の日本はそうしたカネが余っており、同時にそのカネを内需の創出で安定的な成長に回そう、そう考えていたのです。そうしたサクセスストーリー、つまり永遠に技術的競争力を維持して製造業の世界のトップランナーを走り続ける、そのためには国内雇用への人為的な維持政策はしない、だが成功の果実は国全体で分配する、そんな循環が今でも信じられるのであれば、それはそれで良いのでしょう。

 ですが、多くの産業で競争力の低下や、開発部門、あるいは利益分配や再投資の機能まで国外に流出させている、現状はそんな時代です。であるならば、まだまだ競争力の残っている産業には、国内雇用を守って行く責任はあるのではないでしょうか? 少なくとも監督官庁やジャーナリズムは、「入札に勝てば良い」というだけでなく、そのディールが国内雇用にもメリットのある話になるような観点があっても良いのではとも思います。

 別に保護主義に走れとは言いませんし、雇用を優先して競争力を失っては「普通」どころか「失敗国家」になってしまいます。ですが、トヨタがレクサスの製造を国内に残しているように、品質を含めた競争力は国内雇用にもあるという前提でのビジネスモデルはまだまだ成立するようにも思うのです。その辺りのバランスをどう考えて行くのかというのは、人材育成も含めてかなり重要な問題になると思います。少なくとも、最初から「貴国の国内雇用に寄与します」と宣言して新幹線やリニアを売り込むというのが国策というのには、違和感が残ります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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