コラム

五体投地で行く2400キロ。変わらない巡礼の心、変わりゆくチベット

2016年07月06日(水)17時10分
五体投地で行く2400キロ。変わらない巡礼の心、変わりゆくチベット

映画『ラサへの歩き方〜祈りの2400km 』

<チベット仏教の聖地ラサとカイラス山を目指し、五体投地という礼拝法を行いながら1年かけて旅をする様子を描いたロードムービー。巡礼の心は昔のままだが、環境は大きく変わりつつある...>

政治とは関わりなく、チベットの人々の生き方が描かれる

 ひれ伏すように体を前に投げ出し、両手、両膝、頭を地に着けて祈る。仏教で最高の敬意を表す礼法である"五体投地"。『こころの湯』や『胡同のひまわり』で知られる中国人監督チャン・ヤンが作り上げた『ラサへの歩き方〜祈りの2400km』は、チベットの小さな村に暮らす11人の村人たちが、聖地ラサと聖山カイラスに至る2400kmの道程を、その五体投地で行く巡礼の旅を描いたロードムービーだ。

 この映画でまず特筆すべきは、フィクションとドキュメンタリーの境界を曖昧にするような独自のスタイルだろう。チャン・ヤンは91年にチベットを旅して強く惹かれ、以来たびたびチベットを訪れ、様々な巡礼者と出会い、巡礼者の物語を撮るための準備を進めてきた。

 彼の頭のなかには、おおよそのストーリーと、老人、妊婦、リーダー格の男、家畜の解体を生業とする男、十代の若者、女の子など、巡礼チームを構成する人物たちのイメージができあがっていた。そして、ロケハンの際に、それに当てはまる人物を異なるいくつかの村から集めるつもりだった。

 ところが、ある幸運な出会いをきっかけに、ひとつの村だけで彼が求めていたキャストがすべて揃うことになった。その結果、本物の家族や隣人がそれぞれに自分を演じるこの映画では、放牧や食事といった日常から、個々の巡礼への思い、手板などの五体投地のための準備、そして長い巡礼の旅まで、ドキュメンタリーに近い視点で細部が積み重ねられていく。妊婦の女性は実際に巡礼の途中で出産し、赤ん坊は巡礼のなかで成長していく。

 さらにもうひとつ、チャン・ヤンが中国における公開も視野に入れていることも見逃せない。彼はプレスのインタビューで、そのことについて以下のように語っている。


「何か問題になるとはまったく思っていません。信仰という題材ですが、この映画は政治とは関わりなく、ただチベットの人々の日々の生き方を見せたものなのですから」

 確かにこの映画には政治的な要素は見られない。中心にあるのはあくまで、昔と変わらない巡礼の姿である。しかし、巡礼以外にも考えさせられるものがないわけではない。

 たとえば、巡礼の旅の前半で、主人公たちが、物資や重機などを積んだトラックが頻繁に通る道を進む場面だ。トラックがすぐ脇を通るような道は、普通に歩いていても危険を感じるものだが、彼らはそこを五体投地で進んでいく。夜になり、彼らが道路脇に設営したテントで眠りについた後も、通りすぎる車の音が響いている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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