焦点:守られなかった警備強化の約束、インド女性医師暴行殺人事件
9月2日、 5年前、インド西ベンガル州政府は医師に対する暴力の徹底取締りを約束した。写真は8月、RGカー医科大学病院にに設けられた、被害者の女性研修医のための祭壇(2024年 ロイター/Sahiba Chawdhary)
Sakshi Dayal
[コルカタ 2日 ロイター] - 5年前、インド西ベンガル州政府は医師に対する暴力の徹底取締りを約束した。ロイターが閲覧した州政府の内部資料によれば、公立病院の保安設備の改善、女性医師のための女性警備員の配置、出入り口への検問所設置といった内容だった。
だが8月9日、若い女性研修医が性的暴行を受けて死亡する事件が発生した公立病院では、こうした対策は一切行われていなかった。病院の4人の研修医がロイターに明らかにした。この事件では、ボランティア職員が逮捕されている。
事件は国民の怒りを沸騰させ、医師たちによるストライキも行われた。事件前、事件現場となったRGカー医科大学病院では、犯罪対策の実施どころか、2人の男性警備員しか配備されていなかったという。研修医らによれば、警備員の不足を補うために監視カメラが数台あったが、広大な院内をくまなくカバーできるものではなかったという。
犠牲となった女性研修医は36時間の勤務シフト中に講堂で休息を取っていたが、同じ場所で仮眠したことがある研修医2人によれば、講堂のドアの1つには鍵がなかった。本来の休憩室ではエアコンが故障していたと、2人は話した。
2019年6月17日付けの西ベンガル州保健当局の内部メモによれば、同年に別の病院で2人の医師が患者の親族により襲われる事件が発生した後、州政府は「効果的な保安設備及びシステム」の導入、病院施設の出入口の管理強化、襲撃を受けたスタッフに対する補償制度の創設を約束していた。
この2ページからなるメモは、バネルジ担当相が同僚への襲撃に対して抗議する研修医らと面会した当日、その際のやり取りの「議事録」として作成されたものだ。誰に提出される予定だったかは記載されていない。
メモには、担当相が「指定した期限までに」「ただちに実効ある」行動をとるよう担当者に指示したと書かれている。だが、準備期間についての詳細には触れていない。
RGカー医科大学病院の研修医であるリヤ・ベラ医師は同僚の死について、「こうした対策が実施されていたら、今回の事件はまったく起きなかったかもしれない」と語る。
2019年の約束についてロイターが問い合わせたところ、州保健当局幹部は、コロナ禍のために改善措置は2年間中断したものの2021年以降は「大きな」前進があったとして、病院における監視カメラの導入や民間警備会社との契約などを挙げた。
「残りの改善措置を実施し、RGカー医科大学病院での事件で表面化したギャップを埋めることに専念している」と、この幹部は言う。
またバネルジ担当相は8月28日、医療施設における照明の性能向上や休憩スペース、女性警備員などの改善に向けた取組みを開始するため、1200万ドル(17億5000万円)の予算措置を発表した。
バネルジ担当相のオフィスと同病院に電話でコメントを求めたが、回答は得られなかった。
8月9日の事件については当局の捜査が続いている。
<「家父長主義的な姿勢と偏見」>
コルカタの事件の犠牲者は現地の法律により名前を伏せられているが、今回の事件は、2012年にデリーのバス車内で理学療法士が集団強姦を受けた事件を思い出させる。当時も、インド国内は怒りに震え、抗議行動が相次いだ。
ロイターは西ベンガル州及びインド各地の政府系病院で女性医師14人にインタビューを行い、女性の安全確保が長年の課題となっているインドで彼女らが直面している課題について尋ねた。
そこで挙げられたのが、患者の親族による攻撃的な扱いや、休憩施設の不足のため照明の暗い廊下のベンチで寝なければいけないといった、勤務条件の劣悪さだった。
女性医師の何人かは、長時間の勤務シフトのあいだに施錠されていない休憩室で仮眠を取っていたら別の人間が侵入してきたという経験を語った。この他にも、治療の証拠を残すだけと称して許可なく写真を撮ろうとする男性患者の例が寄せられた。
インド医療協会(IMA)のアソカン総裁はロイターに対し、8月9日の殺人事件はその残虐性という点で異例だとしつつ、「誰でも入ってこられるという事実からも医療施設の脆弱性は明らかだ。ますます多くの女性がこの業界に入ってくる時代だというのに」と語った。
自己防衛策をとっている医師もいる。西ベンガル州に隣接するオディシャ州の病院に勤める女性医師は、襲撃者から身を守るために父親からナイフを渡されたと語った。
また、コルカタ医科大学のガウリ・セス研修医は、8月9日の事件以降、護身のために催涙スプレーかメスを携帯せずに勤務することはないと話した。
インドの医師の約60%は女性であり、国内最大の医師団体であるIMAによれば、その4分の3が、就業中に言葉による暴力や身体的な攻撃、その他のハラスメントを受けたことがあるという。
インド最高裁は8月20日、医療職の安全性に関する特別委員会の設立を命じる裁定のなかで、「根深い家父長主義的な姿勢や偏見により、患者の親族は女性の医療従事者に反抗的になる傾向があり、また女性の医療従事者は職場においてさまざまな形での性的暴力に直面している」と指摘した。
2012年のデリーにおける集団強姦事件を受けて、インドは女性に対する犯罪に関する厳格な法律を導入し、強姦の定義を拡大して同意を伴わないすべての挿入行為を含むものとし、盗撮やストーカー行為も刑法犯罪とした。
だが、女性権利擁護団体や政府のデータによれば、状況は依然として改善していない。
政府統計によれば、22年の最新データでは女性に対する犯罪が約45万件報告されており、21年に比べて4%増加した。犯罪とされる事案の7%以上は強姦関連だった。
弁護士で女性の人権擁護活動に取り組むブリンダ・グローバー氏は、警察捜査官の訓練不足と、より広い文化的問題が原因だと主張する。
「今回の事件でとても恐ろしいのは、犠牲者は普段通りに行動していただけだった、という点だ。彼女は単に職場にいただけだ。このような行為が非常にありふれているという社会は何かが間違っている」と、同氏は指摘した。
<夢はかなったが…>
コルカタで死亡した31歳の研修医は、暴行を受け、半裸の状態で同僚に発見された。ロイターの取材に応じた家族や友人によれば、医師になるのが長年の夢だったという。
医学部で犠牲者とともに学んだというソモジット・ムーリクさんは、「昨年ばったり会ったとき、夢がかなってとても幸せだと話していた」と語る。
ロイターが犠牲者の実家を訪問したところ、表札には、「ドクター」という称号を添えて彼女の名前だけが書かれていた。家族が彼女の成功をどれほど誇りに思っていたかが伝わってくる。
犠牲者の伯母はあるインタビューで、犠牲者が年内に医学部で同窓だった医師と結婚する予定だったと話した。職場の安全性の問題について不満を口にしたことはなかったという。
(翻訳:エァクレーレン)
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