また、「金属有機構造体(MOF)」を開発し、ガス貯蔵・分離技術への道を開いた北川進氏(ノーベル化学賞)の研究も、微細な分子構造の立体的な網の目に注目した。その構成要素ではなく、むしろそのあいだの空隙・いってみれば空っぽな「無」の「間」(の寸法)が重要な役割を演じているからだ。
実体論に傾きがちな「有=存在」の哲学の盲点を突き、「間」、「空虚」が否定的な「無意味」ではないことを、ナノ空間において立証した業績とも評価できよう。
これらの発見を無理に「日本的」とか「東洋的」といった形容に還元する必要はあるまい。とはいえ、こうした「間」の感覚や「伝統的発想」は、西欧で発展をみた「近代科学思想」では疎かにされてきた。そこへの着眼が、思わぬ基礎科学的発見に通じる可能性を宿していた。この事実にはもっと注目していいのではないだろうか。
映画「オッペンハイマー」の封切りよりも10年先立つ2015年に、オーストラリアのシドニーでは新作能の「オッペンハイマー」が初演された。ロス・アラモスで原爆開発に携わった後悔ゆえに成仏できず、彷徨する科学者の亡霊を救済する趣向の修羅物の複式夢幻能である。
シドニー大学のアラン・マレット名誉教授が台本を書き、能楽師のリチャード・エマートが作曲を手掛け、その章詞の作能も初演の演者も、謡曲と謡いに通じた非日本国籍の演者だった。
「日本文化」を日本国籍者の占有物とみなす幻想からの脱皮もまた、「発信する日本文化」を不必要に矮小化しないために必要な「お稽古」となる。
そうした新たな「可能性」を「伝統」のうちに更新・刷新することこそが、日本文化の「普遍性」の模索のための、地域的責務となるのではないだろうか。
*本稿は、原著者から提供された原稿を編集部で要約のうえ再編集したものであることをお断りする。
稲賀繁美(Shigemi Inaga)
国際日本文化研究センター及び総合研究大学院大学名誉教授、放送大学客員教授。1957年東京生まれ、広島育ち。主要著書に『絵画の黄昏 エドゥアール・マネ没後の闘争』(1997、サントリー学芸賞)、『絵画の東方 オリエンタリズムからジャポニスムへ』(1999)、『
絵画の臨界 近代東アジア美術史の桎梏と命運』(2014)3部作のほか、『接触造形論 触れ合う魂 紡がれる形』(2016)(いずれも名古屋大出版会)など。
『アステイオン』103号
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