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アステイオン・トーク

「50年前と今の日本料理は全然違う」...それでも変わらない「日本文化」の核心とは?

2026年03月25日(水)11時00分
熊倉功夫+桑原ゆう+村田吉弘+佐伯順子

桑原 村田先生のコラム「日本料理の可能性」も拝読しましたが、執筆者それぞれの分野でご自身がされていることを一生懸命、外に開こうとしていることがすごく伝わってきました。

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佐伯 先ほど桑原先生が日本的な音の在り方や、演奏家が海外の方を含めて誰であっても7割は再現できるように楽譜を作るというお話をされていました。

村田先生も日本食の海外発信に言及されましたが、日本料理をグローバル展開するにあたり、このレシピを見れば大体同じように再現できるということはあまりないのではないでしょうか。

音楽と楽譜、言語の関係、日本料理と技術継承といった違いはあっても、村田先生と桑原先生のお二人の問題意識には共通点があるように感じます。村田先生はどうお考えですか?

村田 「経験と勘」と言われても、海外の方には通じません。日本料理のレシピは分かりにくいんです。「薄塩をしてさっとゆがく」を直訳しても伝わらない。ですから、日本料理アカデミーでは勘と経験を数値化する取り組みを続けてきました。

「あんなものは日本料理ではない」と批判する声もあります。しかし、ただ否定するだけでは前に進みません。日本料理は今、苗木の段階にあります。不要な枝葉をすべて切り落とせば整った盆栽にはなりますが、そういう盆栽にはしたくありません。それぞれの国で日本料理として商いが成り立っている以上、否定するよりも導くほうが建設的です。

そこで日本料理アカデミーでは、曖昧な技法を数値化し、全6巻のマニュアル「日本料理大全」を日英両言語で制作中です。京都府立大学と連携して5巻まで完成し無料公開するなど、現在は科学者とも連携して、それをどう伝えるかを模索しています。

桑原 そのように数値化すると、感覚的な部分を自分で確かめる、そういう作業にもなりませんか。

村田 自分で確かめる作業にもなりますね。でも、数値どおりに再現しても同じ味にはなりません。料理にはやはり作り手の個性が出る。ある程度の「ええかげんさ」「アバウトさ」も必要で、最終的に美味しければそれでいいとも思っています。

桑原 作曲も同じです。基礎・基準を持ちつつ、それを少しはみ出したところに個性が生まれる。自分の感覚を信じるためにも、言語化や確認の作業は欠かせません。

村田 そうですね。フランス人シェフのアラン・シャペルもルセット(レシピ)を超えるものに料理があると言っています。

若い頃は先輩方に「それ以上はやらんとき」と言われても理由が分かりませんでした。でも今、僕も若い人にそう言う立場になり、その意味がようやく分かるようになりました。「それ以上は遊びすぎ」という、やりすぎず少し手前で止める感覚がお茶でも料理でも大事なんだと思います。

熊倉 しかし、変化は止められませんよね。そのなかで「どこまで変えるか」はすごく大事だと思います。瓢亭の髙橋英一さんも「一歩出して半歩下がる」と言ってましたが、そうやって少しずつ変化が積み重なると大きく変わってしまいます。

村田 本当にそうなんですよ。日本料理もどんどん変わってきました。

熊倉 50年前の日本料理と今の日本料理は全然違うでしょう。吉兆の創業者の湯木貞一さん(1901-1997年)の時代と比べても全く別物です。次の世代も村田さんがやっていないことに挑戦するでしょうしね。

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