(写真1)コウガエおばあちゃん(ダチョウの卵の殻のビーズを作る作業の様子)
私が祖母の泣いている姿を初めて見たのは、祖母の父親が亡くなった時だった。当時小学生だった私は、厳格な祖母が、お手洗いで一人ハンカチを目に当て肩を震わせている姿に、どうしていいのか分からなかった。ただ、葬儀の後もこれまで通り、毎週末祖母の家に遊びに行った。
週末の訪問は、特に亡くなった曽祖父の話をするといったこともなく、私の学校の話をしたり一緒にスーパーに買い物に行ったりした。今振り返ると、あの時、私は祖母の悲しさを知っていて、私が祖母の喪失を共有していることを、祖母もまた分かっている、そんな時間であったように感じる。
考えてみると、自分にとって大切な人が亡くなった時、その弔いは葬式だけでなく、日常の中で少しずつ完了していくように思われる。人類学ではこれまで「葬送儀礼」といった、どこか非日常で公的で形式的なものに注目してきたのだが、私たちの死との向き合い方はもっと日常の中に散りばめられている。
「日常のなかの弔い」に気が付かせてくれたのは、私が2015年からずっとお世話になっている、ブッシュマンという民族のコウガエおばあちゃんだ(写真1)。このおばあちゃんの話をする前に、ブッシュマンという民族について簡単に説明しておこうと思う。
ブッシュマンは、南部アフリカに位置するボツワナ共和国のエスニックグループの一つだ。日本では、1980年に作られた映画『ミラクル・ワールド ブッシュマン』(原題:The Gods Must Be Crazy)で有名になった。
この映画でブッシュマンは、「矢じりで野生動物を狙う自然の知識を豊富に持つ人」、と同時に「家畜のヤギも知らない未開の人」といった描かれ方をした。このようなイメージは、ブッシュマンが「狩猟採集民」であることからきている。
狩猟採集民とは、食用植物や野生動物の分布に合わせ、少人数で移動しながら生活をする人々を指す。自然資源を活用して、自らの手で日々の食べ物を獲得し生活様式一式を作り出す、このような生活を彼らは長年にわたり営んできた。
冒頭で紹介したコウガエおばあちゃん(約90歳)は、ダチョウの卵の殻でビーズを作ったり、キリンの尻尾でブレスレットを作ったりしながら、狩猟採集生活についての話をたくさんしてくれた。
もちろん何もかもが日本のあり方と異なるのだが、特に埋葬の場面がそうであった。例えば、おばあちゃんの母親が亡くなった時、遺体を毛皮のブランケットに包み、当時住んでいた場所の近くに家族みんなで埋葬したそうだ。そして、墓は作らず、埋葬してから数日後に住む場所を移動したそうだ。
