アステイオン

国際法

プーチンとネタニヤフに逮捕状請求する、国際刑事裁判所(ICC)の「継ぎはぎの法体系」を支える「プレミス」とは何か?

2026年02月25日(水)11時00分
越智 萌(立命館大学大学院国際関係研究科准教授)

他方で、ICCの逮捕状の対象となっている人を実際に逮捕するのは、各国の司法機関である。特に、ICCの対象とするジェノサイドや人道に対する犯罪が大規模に行われたような紛争後の社会では、人権基準を守った証拠収集や逮捕が難しい場面もある。

サイード事件でICCの検察官は、マリの反政府武装集団の一員であった被告人が、フランスの特殊部隊に長期間拘束され拷問を受けている間に得られた供述を、自発的に証拠から取り下げている。

しかし多くの場合、違法に収集された証拠はICCの手続でそのまま用いられ、逮捕中に人権の侵害があっても手続は中止されずにいる。国内でいう「違法収集排除法則」は、国際協働の事情を考慮した運用にとどめられ、暴力を伴う違法逮捕と監禁の事実は、「手続濫用法理」による手続中止という救済を得られていない。

またICC加盟国については、被告人を逮捕したら、ほかの手続よりもICCの手続を優先させる義務を負っている上、一度ICCで裁判されるともう一度国内の裁判所で手続を行うことは許されていない(「一事不再理原則」)。ICCが訴追する大物たちは、多くの場合多数の余罪を抱えているにもかかわらずである。

その一方で、ICCは条約に基づく機関であるため、国際法の一般原則である条約に関する諸規則に服する。そのため、ICC加盟国以外との間に別の国際義務がある場合には、そちらを優先する制度も備えている。

国際政治のパワーゲームを横目に、「法と事実のみに基づいて正義をなす」ことを目指す一方で、証拠収集可能性や逮捕の現実性といったプラグマティックなプレミスの考慮も、ICCには必要とされてきたのである。


越智萌(Megumi Ochi)
立命館大学大学院国際関係研究科准教授。専門は国際刑事司法。大阪大学(言語・文化学士)、大阪大学大学院(国際公共政策修士)、ライデン大学(オランダ)(法学修士)、大阪大学大学院(法学博士)。著書に『だれが戦争の後片付けをするのか──戦争後の法と正義』(筑摩書房)、『国際刑事手続法の原理──国際協働におけるプレミスの特定』(信山社)など。2025年に科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。


*2022年度サントリー文化財団「海外出版助成」の助成図書です。

asteion_20260213050913.png

 『The Premises of International Criminal Procedure: Identifying the Principles in International Collaboration

 Megumi Ochi[著]
 Springer[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


asteion_20260213051615.png

 『国際刑事手続法の原理──国際協働におけるプレミスの特定

 越智 萌[著]
 信山社[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


【関連記事】
イスラエルは、なぜそんなことをするのか...「許容できない思想」の背景の解明に心を動かされてきた「学問の原点」と現在をつなぐ視線
「日本には現場力がある」...多極化する世界の中で、日本が進むべき道とは?
アメリカという永遠の難問...「マグマのような被害者意識」を持つアメリカと、どう関係構築すべきか

PAGE TOP