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戦争

戦後80年、パラオに今も眠る「1086人の日本兵」...遺骨収集チームがぶつかる「壁」と4年後に迫る「タイムリミット」とは?

2025年12月10日(水)11時00分
菊池誠一(昭和女子大学名誉教授)

その後、遺骨は鑑定室(宿舎の一室)で、人類学専門員が各部位を並べ、柱(人)数を確認し、DNA鑑定のため日本に持ち帰る検体を選ぶ。パラオでは、現在年1回、12月に検体送還をするため、このときは厚労省の担当官も参加する。

日本に持ち帰った検体は、DNA鑑定で所属集団(日本人か否か)と遺族との血縁関係の有無を確認する。検体以外の部位は、ペリリュー州政府の建物に保管安置する。

検体の身元が特定された場合は、残りの部位(現地で焼骨)を含め遺族にお返しし、特定できなかった場合は「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」に納骨される。DNA鑑定の結果がでるまでは、現状では1年半から2年ほどの時間がかかるという。

戦没者遺骨収集の実態と課題

遺骨収集の派遣日数は、1回で2週間ほどである。実際に現地で収容できるのは1週間から10日である。雨に降られ作業が滞ることもある。

また、遺骨埋葬地点までは表土層から硬い石灰岩破砕礫層を数10センチメートルから1メートルまで掘らねばならず、また大木の根がいたるところにあるため遺骨収容までの作業に時間がかかる。

そのため、これまでの派遣では、収容柱数が平均して一派遣30柱弱となる。年5回派遣とすれば、150柱相当である。1086名が埋葬されていたとしたら、単純計算して7年ほどの期間、つまり2032年までかかることになろう。集中的に実施する期間は2029年度までである。

そうしたこともあるのだろうか、政府はパラオのペリリュー島の遺骨収集を加速させるため、この5月、福岡資麿厚労相がパラオの担当閣僚と会談し、埋葬地を訪問した。朝日新聞の記事(2025年5月6日朝刊)によれば、厚労省は関連予算を倍増させて、2027年度までに収集することを目指すという。

予算が増え、派遣回数が増えれば、たしかに現地での遺骨収容数が増えるであろう。しかし、問題なのは、遺族にお返しするまでの期間が2年以上かかるという現状である。

現地で遺骨を収容しても検体送還までに7カ月間現地保管される場合もある。そして、日本にもどった検体はさらにDNA鑑定のため1年半から2年以上、結果がでるまでまたされる。

遺骨収集はパラオだけではなく、硫黄島や他の戦域もつづいている。それに対応する推進協会の職員数の増員、社員団体や専門家の人員確保、DNA鑑定機関(大学など)の拡充、派遣回数だけではなく滞在日数の検討など、改善すべきことが多い。

厚労省の遺骨収集に関する有識者会議のメンバーである帝京大学の浜井和史教授(日本近現代史)は「戦後一貫して場当たり的だった遺骨収集のあり方を改めるべきだ」「長期的に遺骨収集をどうするかあいまいにせず、国民的な議論を経た上でビジョンを描くことが必要」(朝日新聞朝刊5月6日付)という。

国家がはじめた戦争、だが戦争を終わらせるのは難しく、さらに不発弾処理や遺骨送還など戦後処理は今後も何十年とつづく。

戦争が終わってもその災禍ははてしない。戦後80年、わたくしたちは戦争というもの、戦争の負の遺産、現地の人びとにあたえた痛苦、そして遺族の悲しみに、あらためて真剣にむきあうべきであろう。

菊池誠一(Seiichi Kikuchi)
1954年群馬県生まれ。学習院大学大学院、筑波大学大学院修了、博士(学術)。専門はベトナム考古学。主な著書に、『ベトナム日本町の考古学』(高志書院)、Nghiên Cứu Đô Thị Cổ Hoe An(ホイアン古都市の研究)(ハノイ・世界出版社)、『ヴォー・グエン・ザップ将軍とベトナム近現代史』(本の泉社)などがある。



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  『アステイオン』103号
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