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日本文化

「日本文化」は世界に何を伝え、どこへ向かうのか...「伝統か、ポップか」を超えた現在地

2025年11月14日(金)11時00分
佐伯順子(同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授)

歌舞伎や人形浄瑠璃といった、現代人の視点からは「伝統文化」とみなされるものも、江戸以前には市民のための娯楽であり、今でいう「ポピュラー・カルチャー」であった。

テレビもラジオもない時代、生の舞台芸能は日常生活に癒しを与えるいい意味での大衆芸能であり、敷居の高い「ハイ・カルチャー」とみなされるようになったのは、近代化以降である。

だが、「高級化」してしまうことにより、ときに市場原理から乖離し、伝統芸能上演の貴重な場であった国立劇場の将来もあやぶまれているのは皮肉である。

逆に、草創期には単なる娯楽的コンテンツとみなされていた漫画やアニメは、いまや海外の読者や観光客を魅了する重要な「日本文化」のひとつとなっている。

主に子供むけの「サブ・カルチャー」と軽視されていた漫画も、大学での研究対象となり、学会も存在する。既に前述の本誌特集においても本号にも、漫画に関する論考、エッセイが含まれる所以である。

「大衆文化」という言い回しは、「高級文化」よりも格下と思われがちであり、ラジオ、テレビの草創期には、それらが幅広い市民を対象とするマス・メディアであるゆえに、「文化」を堕落させるとの批判も喧(かまびす)しかった。

しかし、いまや「大衆文化」は「ポピュラー・カルチャー」と看板をかけかえ、学問としての市民権を得、日本文化発信の先鋒ともなっている。テレビ番組における日本イメージの考察は、こうしたメディア環境の変容に伴う「文化」概念の多様化に応じるものである。

「大衆文化」は広く一般市民の生活によりそうゆえに、民俗学でいう「常民」の生き様や心のありようを雄弁に伝えるものでもある。民俗学からの食文化論を所収できたことは、その意味で僥倖である。

漫画やアニメの海外における人気はいまのところ不動にみえるが、かたや茶道、華道のような日本の伝統文化については稽古人口の減少も指摘され、古典芸能の世界でも後継者養成が課題となっている。

伝統文化を現代社会、ひいては将来にどう継承すべきか──それは古くて新しい問いである。なぜなら、歴史ある文化的営みを現代社会に存続させる意義を問うことは、将来にわたり続くと思われるからである。

実のところ、高級文化となった伝統文化の将来をみすえた課題解決においても、国際的発信は重要な鍵をにぎる。

能楽は2001年にユネスコの「人類の口承及び無形遺産に関する傑作」(無形文化遺産)として宣言され、2008年には人形浄瑠璃文楽と歌舞伎とともに、無形文化遺産に登録されている。

日本国内では市民の関心や人気が薄まり、「ポピュラー・カルチャー」ではなく「ハイ・カルチャー」であるゆえの困難を抱えている「舞台芸術」(という概念も近代化とともに構築された価値観だが)も、国際社会においては、「文化遺産」としての「お墨付き」をいただいているのだ。

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