現在、性差解消につながる試みとして、企業で管理職のジェンダー比率を解消するために女性を積極的に登用する試みや、女子受験生のみを対象とする大学入試の実施などといったアファーマティブアクションが行われている。
しかし、これが「評価の点で上げ底されているのではないか」「会社の人事考課は正当な評価としては機能していないのではないか」といった、自分の能力や業績を評価する指標に対する不信感を逆に引き起こしてしまうのだ。
どんなに自分の能力が高いことを示す証拠に接しても、それを十分な証拠としては受け取らず、ささいな失敗や他人からのネガティブな評価を、自分が劣っていることを示す証拠として受け取ってしまう。
このようにインポスター症候群に陥ると他人からの評価に対する不信感が高まってしまい、自分の能力を正当に評価することが難しくなってしまうのだ。
さらに、ホーリーはこのインポスター症候群と陰謀論は同じ特徴を共有していると分析するなど、興味深い視点を示している。その共通する特徴とは、証拠や説明に対する不信感が極端に強いという点だ。
陰謀論者は、さまざまな出来事や事件についての情報源をそのまま受け入れない。陰謀論を信じる人の特徴として、主流のメディアに対する不信感を持っている、つまり、メディアは事実を正しく伝えていないと信じ、逆に自分には真実を見極める能力があると信じてもいる。
自分が信じる陰謀論に対する反証を提示されても、情報操作されている証拠だと捉えて、むしろ陰謀論を強化させてしまう。物事には何事も例外があるが、その説明がつかない情報やデータにより敏感なのである。
信頼が損なわれるとき、その原因は必ずしも個人の問題ではない。むしろ、信頼が崩れてしまう背景、社会構造や評価制度のゆがみ、あるいは過剰な期待といった「社会的環境要因」がある。
その意味で、「信頼」や「コミットメント」をめぐる哲学的な問いは、学問上だけの話にはとどまらず、私たちが生きる社会の歪みを考えることにつながっている。ホーリーの研究は、信頼を失いつつある現代社会への大切な問いかけとして、これからも生き続けるだろう。
[注]
(*1)Katherine Hawley,"Impostor Syndrome, Conspiracy Theories, and Distrust", Philosophical Studies 4, 969-980, 2019.
稲岡大志(Hiroyuki Inaoka)
博士(学術)。専門は17世紀ヨーロッパ哲学、数学の哲学、アニメーションの哲学など。主な業績は『ライプニッツの数理哲学』(単著、昭和堂、2019年)、『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(共編著、総合法令出版、2022年)、マシュー・スチュワート『マネジメント神話』(翻訳、明石書店、2024年)、キャサリン・ホーリー『信頼と不信の哲学入門』(監訳、岩波新書、2024年)など。
※本書は2019年度、2020年度研究助成「学問の未来を拓く」 の成果書籍です
『信頼と不信の哲学入門』
キャサリン・ホーリー [著]
稲岡 大志、杉本 俊介[訳]
岩波書店[刊]
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