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「信頼」は目に見えない社会のインフラである。私たちは見たことも会ったこともない他人を信頼し、また、他人からの信頼に応えることで、社会が成り立っている。こうした信頼が崩壊すると社会自体が適切に機能しなくなるだろう。
社会における信頼に関する研究はさまざまな学問分野で試みられているが、哲学的に掘り下げた研究が1980年代以降、本格化してきた。その代表的な人物の一人が哲学者キャサリン・ホーリーだ。残念なことに2021年に若くして他界してしまったが、その研究は今も多くの示唆を与えてくれる。
ホーリーは信頼を「コミットメント」という概念で特徴付け、「責任を持って引き受ける」という視点から捉え直した。これは「コミットメント説」と呼ばれているが、この説の優れた点の1つに、「不信」についても同じ枠組みで説明できる点がある。
たとえば、私がこの文章を締め切りまでに書くというのも、1つのコミットメントである。締め切りを守ることが依頼主から信頼を得る行動になり、破れば信頼は失われ、不信を抱かれてしまう。
興味深いのは、コミットメントの社会的側面をホーリーが強調する点だ。コミットメントには、自分の意志で自覚して引き受けるものもあれば、いつの間にか気づかないうちに引き受けてしまっているものもある。
たとえば、ある会社に就職するということは、上司からの指示などを引き受けるということを引き受けるという、一段上のコミットメントを引き受けることでもある。また、性別や社会的属性によって期待される役割──たとえば、職場や家庭での女性にはケア的な役割が期待されている──が、本意ではない形での「コミットメント」としてのしかかっていることも少なくない。
ホーリーが、この「コミットメント説」の応用編とも呼べる、「インポスター(imposter:詐欺師)症候群」に関する研究を残していることも注目に値する(*1)。
インポスター症候群とは、社会的に大きな仕事を成し遂げ、周囲からも称賛されているのに、それが自分にはふさわしいと心から感じることができないことだ。
しかし、それは謙虚だからではない。謙虚な人は、自分が大きな仕事を成し遂げたこと自体は否定しないからだ。しかし、インポスター症候群は、そもそも自分は何もできていない、という受け止め方をする。有名な例では、ハリウッド俳優のエマ・ワトソンや元アメリカ合衆国大統領夫人のミシェル・オバマもこの症候群だと言われている。
では、「コミットメント説」と「インポスター症候群」はどう関連しているのか。