アステイオン

タイ

若い女性が「命を懸けて」王室批判を行うタイ...実は政治的だった王室の歴史と、若者たちが抱く希望

2024年01月03日(水)11時00分
福冨 渉(タイ語翻訳・通訳者)

1957年に、陸軍元帥のサリットが、国王ラーマ九世の支持を取りつけて軍事クーデターを起こし、ピブーン政権を打倒する。米国によって「半植民地化」されたタイは、その後、サリットに始まる長い軍事独裁政権のもと、国王ラーマ九世が「国父」としての権力を絶対的なものとしていく時代に入る。

あえて若者たちの考えに寄り添った読み方をすれば、この本に書かれているのは、もしかすると自分たちのものになるかもしれなかった、民主的で開かれた社会が、国王・王室と軍部(と米国)によって奪われていったという「物語」なのだ。

それはほとんどそのまま、タワンや、ベームや、他の若者たちが抱いているであろう問題意識と重なっていく。それゆえ、この本は注目を集めることになった。

とはいえ、あらゆる物語には、単純化されたり、捨象されたりするものがある。細やかな語りを尽くそうとしてみても、現実の複雑さをそのまま表すことはできない。若者たちが抗議活動を先鋭化させていくだけでは、大きな変化は訪れないのかもしれない。

ただ、若者たちもその点は理解しているようだ。筆者がかつて話を聞いた、民主化運動の大学生リーダーのひとりは(彼女もかつて、拘置所で1カ月を超えるハンストを行なっている)、自分たちの運動が即座にラディカルな変化を引き起こすとはまったく思っていないと語っていた。

それよりも、自分たちの行動が問題提起になって、そこから時間をかけた議論が生まれていくのが大事だと、彼女はあっけらかんとした表情で話してくれた。

その意味では、もし希望と呼べるものがあるとすれば、それは、こういった書籍が話題になって、多くの若いひとたちに読まれて、社会に学びが蓄積されていくことそのものなのかもしれない。

果たして、同じような希望を、いまの日本で持つことができるだろうか。最後にもう一度、前述の『狂乱のくにで』から引こう。

「風が吹いてきて、身体に優しく触れる。わたしはそれを、勝手に、〔政治犯の〕彼女からの励ましの言葉みたいなものだと思い込んだ。『ぜんぶ、絶対に前より良くなるよ』」


福冨 渉(Sho Fukutomi)
1986年生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程単位取得退学。青山学院大学、神田外語大学で非常勤講師。専門はタイ文学研究。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー』(河出書房新社)、Prapt『The Miracle of Teddy Bear』(U-NEXT)など。


asteion98-150.png

 『アステイオン』98号

  特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
  公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
  CCCメディアハウス[刊]


 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
 


PAGE TOP