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タイ

若い女性が「命を懸けて」王室批判を行うタイ...実は政治的だった王室の歴史と、若者たちが抱く希望

2024年01月03日(水)11時00分
福冨 渉(タイ語翻訳・通訳者)

タイの民主化運動が拡大したのは、2020年の初頭のことだ。民主化の希望として期待された政党「新未来党」が、不当ともとれる方法で解党されたことで、支持層だった都市部の大学生を中心に抗議運動が広がった。

2014年の軍事クーデター以降政治を支配している軍事政権の影響力排除を求めて始まった運動は、次第に、「王室改革」を中心的な要求としていく。

国王という存在が、国家を支える三原則のひとつとしてみなされているタイ社会では、プロパガンダや学校教育の中で、国王や王室を賛美する物語が繰り返し紡がれている。しかもその物語は、王室不敬罪という強固な鎧で守られていて、批判はおろか、疑問を呈することすら難しい。

しかしその物語こそが、タイ社会の権威主義的な思想や強権的なシステムを駆動していて、民主主義の実現を阻害し、市民の分断と対立を煽り、数々の流血の事件を引き起こしている。そうした社会の中で、自分たちは声を奪われ続けてきた。

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このような若者たちの認識が醸成されたことで、不可能と考えられていた王室批判も、公然と行われるようになった。王室不敬罪などで収監された政治犯への面会の記録を、小説風のノンフィクションとして描き、大きな話題を呼んだ『狂乱のくにで ในแดนวิปลาส』(2021)で、著者のラットは綴る。

「〔上の世代が抱えていた〕鬱屈とした絶望は、もはや新しい世代の人々が抱える本質じゃない」。

運動が長期化し、弾圧が繰り返されることで、確かに活動の規模は縮小している。けれども、自分たちの手で新しい物語を紡がなければ、タイ社会にも、自分たちにも未来はないという覚悟や焦慮が、若者たちを捨て身の抗議活動に駆り立てている。

前置きがずいぶん長くなったが、そんな若者たちの「目覚め」を後押ししたとも言われる書籍がある。歴史学者ナッタポン・チャイチンの『将軍、封建制、ハクトウワシ ขุนศึก ศักดินา และพญาอินทรี』だ。

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博士論文を書籍化したこの本は、2020年の8月に出版されるとたちまち社会現象的な人気を博した。各独立系書店の売上ランキングでは、それから半年以上にわたって本書が上位にランクインし続け、ブックフェアでは、著者のサインを求める大学生や高校生が長蛇の列をなした。

その影響力を危惧した警察が、版元のファーディアオカン(「同じ空」の意)の捜索を行い、書籍を押収するほどだった。

なぜそれほどの評判となり、同時に問題とみなされたかといえば、端的にこの本が、国王や王室にまつわる「物語」を書き換えているからだ。

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