アステイオン

国際政治学

現代独裁制の謎を解明、独裁者はできるだけ「公正な選挙」を好む

2023年02月22日(水)08時05分
東島雅昌(東北大学大学院情報科学研究科准教授)

対照的に、キルギス共和国のアカエフ体制は、天然資源に乏しいために選挙不正の水準を徐々に高めざるを得なかった。かくて、大規模な操作による選挙結果の改ざんが明らかになると、大規模な抗議運動が巻き起こり、体制は瓦解したのである。

こうした傾向は、戦後の世界の独裁制を含む多国間統計分析でも支持された。

すなわち、天然資源を有し政党組織などを駆使して草の根まで効率的に経済的果実を分配する独裁制ほど、露骨な選挙不正を慎み、与党の議席を増幅しない選挙制度を採用していた。そして、経済分配と選挙操作のバランスをとり損なうと、クーデタや抗議運動などによって独裁体制が危機に晒される傾向が見いだされた。

拙著の分析は、現代の独裁者たちが、暴力や不正のみに頼り、その一存で政治をおこなっているわけではないことを示唆する。むしろ、独裁者であってもできることなら、不正や暴力といった強制的手段に頼らず、経済分配を強化することで有権者の歓心を買い、大衆のパワーをつうじて体制の正統性を引き出すのを好む。

また「選挙のジレンマ」への対処を誤ると、選挙はたちどころに独裁者に刃を向ける制度に変貌する。すなわち、独裁者は他のアクターとの力関係を慎重に考えつつ、綱渡りのなかで次の一手を繰り出す必要があるのである。

独裁者が移り気で物事を決めるわけでなく、巧妙かつ戦略的であるのならば、我々はそうした独裁者像を念頭におきつつ、独裁政治の理解に努める必要があろう。具体的には、独裁者のもつ資源やその取り巻く状況を仔細に検討することで、いかなる手を次に繰り出してくるのか、想定できるかもしれない。

「権威主義」と「民主主義」の対立が深まる現在、我々は権威主義の政治を理解不能で異質なものだとみなす衝動に駆られるかもしれない。しかし、そうした理解の否定と思考停止は、一時の溜飲を下げることはあれど、問題の根本的解決へ進むことを否定することにもつながるだろう。


東島雅昌(Masaaki Higashijima)
1982年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。ミシガン州立大学Ph.D (Political Science)。 現在、東北大学大学院情報科学研究科准教授。専門は、比較政治学、権威主義体制、中央アジア政治。近著にThe Dictator's Dilemma at the Ballot Box (University of Michigan Press, 2022)。主な論文として、"Economic Institutions and Autocratic Breakdown"(Journal of Politics 81-2: 601-615, 2019)、「権威主義体制の変貌する統治手法」(『中央公論』2022年1月号)など。


*本書は2012年度サントリー文化財団研究助成「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」の成果書籍です。

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