アステイオン

国際政治学

「個人の性格」を過小評価してきた国際政治学──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(中)

2022年12月21日(水)08時12分
デイヴィッド・A・ウェルチ(ウォータールー大学教授)

2 国力は重要だが、それはわれわれが思ってきたような形でではない

今日の状態は表面的には有名なトゥキディデスのメロス島の対話にでてくる金言「強者と弱者の間では、強きがいかに大をなし得、弱きがいかに小なる譲歩をもって脱し得るか、その可能性しか問題となりえない」を支持しているように見える。

物理的なあらゆる次元で、ウクライナは劣勢である。ロシアは一方的に要求し、紛争の条件を設定したが、それはロシアが強者だったからできたことだ。

NATO諸国がウクライナを外交的、経済的そして軍事的に支援しており(といっても軍事的支援は一定の限度内だが)、これが両者の均衡を回復するのに幾分役立っているのは疑いないが、ロシアが核保有国であることによって、軍事および正義の論理からすると他国に求められるロシア領への戦線の拡大は、抑止されている。この抑止は、非常に限定的な例外を除けば、ウクライナにも作用している。

しかしながら、ウクライナの戦場における実績は予想を上回っており、ロシアはその逆である。このことが示していることは、物的劣勢を相殺する意志や士気、そして道義的確信の強さの重要性である。

もしウクライナ側がロシアの腕力によって恐れおののくとプーチンが思ったのなら、悲しいことに彼は間違っていた。それは、メロス人がアテナイの要求を拒絶し、アテナイ軍の包囲に対抗し、何カ月も持ちこたえて、内部の裏切りの末にようやく屈服したのに似ている。

3 理念は重要だ。非常に重要だ

ロシア─ウクライナ戦争で争われているものも、それを衝き動かしているものも、基本的に理念だ。様々な理念のなかでも、とりわけ重要なのが、民族、地位、自尊心そして正義という理念だ。これらを十分に論ずるにはそれぞれ一つの論文が必要だが、少なくともこういって間違いなかろう。

プーチンの内面の深い部分で、誇大妄想的な権力欲や支配欲そして相手を圧倒したいという意思、さらに自分自身の不安に対する代償的心理といった、個人的心理が多分作用しているのだろうが、こういった心理はロシア・ナショナリズム、あるいはロシアの大国としての運命、そしてピョートル大帝並みの世界史的偉人になるというプーチン自身の運命観によって、形成され導かれていると見てよいだろう(※1)。

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