アステイオン

原子力

ウクライナと日本の核──感情の前景化にあらがって

2022年11月24日(木)08時03分
武田 徹(ジャーナリスト、専修大学文学部ジャーナリズム学科教授)

チョルノービリ原子力発電所を見下ろす冷却塔 DeSid-iStock


<核問題は感情的な反発を呼び起こし、その弊害はウクライナ侵攻による電力不足問題にも及んでいる。政治主導で丁寧な議論ができないのであれば、メディアがその舞台を用意すべき。「アステイオン」97号より全文転載>


8月4日、ロシアのガルージン駐日大使は孤独を感じていただろう。

2月24日に〝特別軍事作戦〟と称してロシアがウクライナに侵攻した際にプーチン大統領が核兵器の使用を示唆したことを重大視し、広島市はロシア(と同盟関係にあるベラルーシ)を8月6日の平和祈念式典への招待枠から外したのだ。そのためガルージン駐日大使は式典に2日先駆けて広島を訪問し、一人で献花せざるをえなかった。

ロシアによるウクライナ侵攻は二重の意味で「核」の問題を前景化させた。それは露大使を孤立させることになった「軍事力としての」核兵器だけではない。

2022年1月26日に日本外国特派員協会で会見を行ったウクライナのコルスンスキー駐日大使は「ロシアの侵攻があれば原発にも被害が及びかねない」と強調していた。その予想は外れず、侵攻後まもなくウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原発が、やがてウクライナ南東部に位置し、欧州で最大規模といわれるザポリージャ原発もロシア軍の攻撃対象となった。

こうした原発への攻撃に対しても強い非難や懸念の声が上がった。岸田文雄首相も「許されてはならない暴挙だ。福島第一原子力発電所事故を経験した我が国として、最も強い言葉で非難する」と述べたと報道されている。確かに原発が破壊されれば人的、環境的に深刻な被害を出しかねない。

とはいえ、ただ「暴挙だ」と繰り返し非難しているだけではウクライナ侵攻の同時代史的位置づけや歴史的な理解への道は永遠に開かれない。政治の言葉が鋭角的なものになりがちなのは仕方がない面もあろうが、言論界は「暴挙」が導かれた背景事情を知ろうとすべきだし、報道はそうした議論に向けてより広角的な情報提供に努めるべきだろう。

にもかかわらず、日本のウクライナ侵攻報道は一貫して歴史的視座を欠いてきた。それが侵攻開始後半年となる時点で執筆されている本稿のとりあえずの中間報告である。

侵攻後の一連の出来事は、ロシア軍が国境を超えた2022年2月24日を起点とするのではなく、少なくともソ連邦時代からの因縁を視野に入れて報じる必要がある。

1990年7月16日、ウクライナの最高会議が主権を宣言する。旧ソ連人口の22%、GNPの16%を占めるウクライナの分離独立はソ連邦解体への決定的な引き金となった。そして、それは突如として米ロに次ぐ世界三番目の核保有大国が登場することを意味した。ウクライナ国内には旧ソ連の戦略核兵器約1800基、空中発射巡航核ミサイル約560基、戦術核兵器約4000基が残されていたからだ(北野充『核拡散防止の比較政治』ミネルヴァ書房)。

当初ウクライナは「核兵器を作らず、拡散させず、使用しない」とする非核三原則を唱えていた。しかし非核化に向けての歩みはやがて中断される。

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