わたしは進化の視点からアートの起源について研究をしているのだが、やはり遊びごころが鍵だと考えている。出発点は運動(出力)と感覚(入力)のフィードバックを試しながら、世界を知ろうとするモチベーションだ。
たとえば、はじめてペンを握った子どもが、その手をふりまわすうちに、ペン先が紙に触れて小さな痕跡が残る。「わあ」と歓声をあげ、もう一度、もう一度、と手を動かすと、点々があらわれたり、長い線があらわれたり、真っ白な画用紙にさまざまな軌跡があらわれる。
その出力と入力の関係性を試すことがおもしろい。遊びの基本ともいえるその内発的なモチベーションは、進化の隣人であるチンパンジーにも共通するものであり、表現欲求の原点なのではないかと考えている。
ヒトの場合は、言葉の発達とともに、描線に物の形を見立てて、具体的なモノの形、すなわち表象を描くようになる。描線にイメージを発見したり、頭のなかのイメージを外化することはおもしろい。
そして描くことでイメージを他者と共有できることに気づくと「伝える」という外発的なモチベーションが生まれ、その比重が大きくなっていく。
人類史のなかでも、遊びごころの痕跡は、アートよりも古くから見られる。
洞窟壁画などのアートは、4、5万年前ごろから現れるが、基本的に作者はわたしたちと同じ現代人、ホモ・サピエンスだ。いっぽう、道具づくりの歴史は古く、少なくとも約260万年前のホモ・ハビリスの時代には日常的に石器をつくっていたことがわかっている。
人類の脳の容量は、そのころから指数関数的に増大するので、石器制作のプロセスでさまざまな認知機能が発達した影響だと考えられている。
はじめはただ石を割って破片のなかから鋭利で使いやすいものを選んでいたが、技術革新が進むと、1つの石片から複数の用途別の石器をつくるなど、計画性に高度な技術、複雑な工程を要するようになった。
脳の発達が認知機能を発達させ、技術の革新をもたらし、さらに脳が発達する。そんな循環が大脳化を加速させたという説明だ。
言葉の誕生にも、石器制作に必要な認知機能が関わっているという指摘も多い。そして、言葉の獲得が見立ての想像力を生み、アートが生まれたのではないか、とわたしは考えている。
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