アステイオン

経済学

「経済学の常識」は「世間の非常識」か?

2022年05月19日(木)07時10分
土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)



経済学の「常識」を支えているのは、市場原理である。これを、巷間では「市場原理主義」と捉える人もいる。しかし、市場原理は、冷徹なものでも、人々の心を踏みにじるものでもない。市場原理とは、財やサービスの需要と供給の不均衡を調整する仕組みを指しているに過ぎない。需要が多すぎれば、財やサービスを欲する人にそれが行き届かない状態となり、供給が多すぎれば、それを作ったが売れ残っている状態であり、これらは何らかの形で解消する必要がある。

その調整する仕組みとして、特に重視されるのが価格メカニズムである。価格メカニズムが機能すれば、財やサービスを売る側も買う側も、価格というシグナルを1つみるだけで、その量や質についての情報を集約的に理解することができる。需要が多すぎれば市場で価格は上がり、供給が多すぎれば価格は下がる。

経済学の基本である市場原理の有効性を説く背景には、消費者主権の考え方がある。消費者が何をどれだけ買うかは、消費者の選好(好み)に従って自由に選択すべきものとする考え方である。そうした考え方に立って、消費者が財やサービスの需要を決めており、市場原理がきちんと機能することで、その消費者の好みが最大限満たされる。

ただし、市場原理がいつでもうまく機能するわけではない。経済学者は、そうした状態を「市場の失敗」と呼び、現にそうした状態が起こりうることを十分に認識している。

その市場の失敗の代表例は、売り手や買い手が独占的になって価格支配力を持つ場合や、売り手と買い手が持つ情報が非対称になる場合である。ただし、市場の失敗が起きるから、市場原理に任せていてはいけない、というのは早計である。むしろ、市場の失敗が起きる原因を突き止めて、その原因を取り除くような制度や慣行に変えてゆくことの重要性を、経済学は説いている。

ただ、価格を重視するという経済学の常識に対して、冷徹な感じを抱いたり、他に重要な何かを忘れているかのように思う人もいるだろう。

価格の動向だけですべてを判断するとなると、価格が高いと価値があり、安いと価値がないかのように認識されがちである。プライスレスのものでも、価値があると思われるのに、それはまるで価値がないかのようである。そこにも、経済学と世間の間に認識のギャップがあると受け止められるかもしれない。もちろん、市場原理、特に価格メカニズムがうまく機能するからといって、価格のみを絶対視しているわけではない。

経済学者は、価格以外の情報は取るに足らないと言いたいわけではない。これまで価格以外の情報を容易に収集できなかっただけである。今やビッグデータの時代。それはデータ駆動型経済(データ・ドリブン・エコノミー)とも称される。

価格以外の情報(例えば、当人の善意の度合いとか好感度)も容易に表せる時代となり、経済学者が市場の失敗の一因とみている情報の非対称性が解消される。価格以外の情報も豊富にあって、それが市場の需給の不均衡を解消することに役立てられるなら、むしろ経済学の常識に適うものである。

PAGE TOP