小濵 同感です。一部の人たちがアメリカを対外的に強く主張するのは、彼らのアイデンティティが危機に瀕している兆候でしょう。アメリカ史の中で、たとえばルイジアナに暮らす人々とカリフォルニアの人々が、アメリカなるものの見方を共有できたことはそうないと思いますが、南北戦争の時期を除き、少なくともお互いに棲み分けてきました。
それが20世紀の半ばあたりから、保守的な価値が内外の批判にさらされたり連邦政府の介入を受けたりして、保守の人たちの信じてきた「アメリカ的価値」が挑戦を受けた。彼らの中には、これがアメリカだというものを再確認したいという欲求が高まっていたはず。そこへトランプが登場し、うまく火をつけたというのが私の印象です。
田所 お二人は「アメリカ第一」を国内統合の揺らぎに対する反応と見ているようですが、これを対外的な観点から理解することはできないでしょうか。
アメリカ史の中ではめったに起きませんが、真珠湾攻撃や9.11テロの時のように、国外にはっきりした脅威が登場することで国民が団結し、我々が何者かを確認するということがあるわけです。昨今は米中対立がよく話題になりますが、アメリカを取り巻く国際関係は、アメリカ社会の現状にどの程度影響していると考えられますか。
小濵 まずアメリカのパワーの相対的低下という構造的な背景があり、オバマもトランプもこの点を前提に外交を行いました。アメリカが圧倒的な強さを失っているために、アメリカへの誇りを自明視することができない時代です。そうした時代に中国との違いを強調しながらアメリカらしさを取り戻していくことは、政治家にとって誘惑される選択肢のはずです。
ただ冷戦期と違って現代のアメリカ経済は中国に大いに依存し、対中協調への希望を捨てきれない中で、中国を敵とみなしつつ自らを再定義することに、アメリカの政治家もジャーナリストも二の足を踏んでいるのが現状でしょう。
田所 中国の脅威がアメリカの統合を強める働きを持つか否かは、結局のところイベントドリヴンといいますか、触媒となる出来事の有無にかかってくる気がしますね。朝鮮戦争の勃発で東アジア冷戦の開始が決定的となったように、自分たちの信じる価値や生活様式が根本から挑戦されていることを象徴する大事件がないと、やはり現在のアメリカをまとめる力にはならないでしょう。
vol.100
毎年春・秋発行絶賛発売中
絶賛発売中