<トヨタの実験的未来都市、ウーブン・シティがオープンしても国の「未来の顔」とならないところに、今の日本の限界がある>

先日、外国人の友人が20年ぶりに東海道新幹線に乗車した。東京から名古屋までの短い旅を終えた彼の第一声は、「驚いた!」だった。理由を尋ねると、「新幹線の車体も座席も、20年前とほとんど変わっていない」と言う。

確かに快適で、時間どおりに走る完璧さは健在だ。車体のアップグレードなど、普通の観光客が肌で感じづらい変化もあるにはあった。しかし彼にとっての大きなショックは、世界を代表する高速鉄道が、20年たっても「目に見える」進化をしていないこと──。そこに日本の停滞を見たのだ。

考えてみれば、この20年は「失われた30年」のただ中にあった。経済が伸び悩み、大胆な刷新を避け、「安定」にしがみついてきた時代だ。新幹線が変わらないことは偶然ではない。むしろ日本がこの間に失った「未来を描く力」を象徴しているように思える。

世界ではその間に産業の主役が交代した。アップルやグーグル、テスラ、中国のBYDやテンセント。彼らは新しい市場を切り開き、時価総額やユーザー規模・プラットフォームの支配度で日本企業を大きく上回った。そして世界中の人々の生活を変えた。

だが日本からは、これらに並ぶ革新的な企業は生まれていない。私たちは「改良の名人」にはなれても、「世界を変える挑戦者」にはなれていないのではないか。

「ウーブン」は海外でも大きく報じられたが
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