8月28日の土曜日は、1963年に黒人指導者で公民権運動家のマーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、ワシントンで行った「私には夢がある」演説の47回目の記念日でした。この演説では、特に次の一節が有名です。

"I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave-owners will be able to sit down together at the table of brotherhood."

「私には夢がある。いつの日か、ジョージア南部のレッドヒル地方で、その昔の奴隷の子孫とその昔の奴隷所有者の子孫が、共に兄弟愛というテーブルに就く日が来ることを。」

 1963年の時点までずっと、キング牧師はアラバマ州で黒人の人権をめぐる非暴力闘争を指導していました。特にこの年は、デモ隊に対する警官隊の激しい弾圧の中、キング師自身が4月には逮捕拘留されるという事態も起きています。ですから「アラバマ州で」という露骨な言い方をするのは、自身の「寛容、非暴力」の信念に照らして避けたのでしょう。

 実は、レッドヒル地方という丘陵部は、キング牧師の故郷であるジョージアから州境を越えてアラバマまで続いているのであり、キング牧師の思いの念頭には「アラバマ」があったのは明らかです。それを「ジョージアのレッドヒル」という言い方をすることで、オブラートに包みながらアラバマでの黒人人権をめぐる闘争の和解を訴えたところに、この演説のリアリティがあるのだと思います。ちなみに、2009年のオバマ大統領の就任演説を聞いた多くの人は、「キング牧師の夢」が実現したと実感し、歓喜の表情を浮かべていました。黒人の多くはそうでしたし、白人の中でもリベラルな感性を持った人々も同じでした。

 その「神聖な」8月28日のワシントンで、キング牧師が演説した同じリンカーン記念堂の前で大きな集会が行われました。ですが、今年の集会は黒人の人権を訴えるものではありませんでした。仕掛け人は、FOXニュースで「オバマはレイシスト(人種差別主義者)」だと叫び続けて、草の根保守の間でカリスマになっているTV司会者のグレン・ベック、そしてゲストには「ティー・パーティー」のマドンナ、サラ・ペイリン女史まで登場したのです。

 ベックの企画はかなり考えられたもので、イベントには「一切政治色を反映させない」という方針が貫かれ、例えば政治スローガンを掲げたパネルを持って参加することは固く禁止、またベックもペイリンも演説ではほとんど政治的な話題には触れなかったのです。その代わりに彼等は、「アメリカ人は信仰に立ち返れ」ということと「アメリカはアメリカの誇りを取り戻せ」そして「特に我々の国を防衛した兵士への尊敬を」という抽象的なスローガンを繰り返したのです。確かにキング師はキリスト教(それもサザン・バプテスト)の聖職者であり、信仰と愛国というのはキング牧師の信念とは矛盾しないという論法です。

 ですが、CNNの報道によれは参加者はほぼ100%が白人であり、保守派の集会であったのは間違いないようです。またこの集会に対抗するために、黒人指導者アル・シャープトン師の主宰する「キング牧師記念集会」が同じワシントンの別の場所で開かれており、キング牧師の演説の記念日そのものが「分裂」したという報道もありました。キング牧師ゆかりのリンカーン記念堂前を白人の保守派が「ジャック」してしまい、「本家」の黒人とリベラルはイベントを別の高校の敷地内で行ったことに憤慨している人もいるようです。

 では、ベックとペイリンは国民的英雄である「キング牧師」の名声を「ジャック」したのでしょうか? つまりキング牧師の黒人人権闘争の正統性を横取りするような形で、白人保守派の勢力誇示に使ったのでしょうか? 恐らくはそのような計算があったのでしょう。であれば、何とも「奇策」という感じです。というのは、グレン・ベックがいつも主張している論法は次のようなものだからです。黒人が大統領になって権力を行使している中で、今でも貧困層を中心に黒人には手厚い福祉が与えられている、だが白人の貧困層にはそうした福祉もなければ自尊心も打ち砕かれたままだ、にもかかわらず白人が権利主張をすると、「その昔の奴隷所有者の子孫」だとして蔑視と屈辱を受ける、これは人種差別であり到底許せない・・・だから「オバマはレイシスト」なのだ、というロジックです。

 そして、その「言い切り姿勢」がベックを草の根保守の間でカリスマにしています。そのベックが、キング牧師の精神を継承すると言うのですから、何とも荒唐無稽と言うべきでしょう。それでもベックのレトリックが説得力を持ってしまうのは、もしかしたら、1963年に黒人のキング牧師が持っていた「被害者の正義」を、今は「オバマ政権に見捨てられている白人草の根保守」が持っている、ベックやペイリンはそんな感覚を強く持っているのかもしれません。もう1つは、反権力というセンチメントです。1963年にワシントンの連邦政府に対して公民権法の制定を訴える、そのためにリンカーン記念堂前に20万人を集結させたというのは、一種の反権力運動です。47年後のベックとペイリンは「肥大化した連邦政府への反抗」という意味で、同じような反権力の姿勢を訴えたというわけです。

 別の問題もあります。ペイリンはともかく、かつては宗教色の薄かったベックがやたらに信仰の話を持ち出すのには、現在進行形のトラブルになっているNYでの「グラウンド・ゼロ近隣のモスク建設問題」への反対ということ、そしてオバマがイスラム教徒の息子であることを改めて非難の材料にしようという意図も見え隠れしています。いずれにしても、今回の「記念日ジャック」はメインストリームのリベラルのメディアにはかなり叩かれていますが、依然として根深い草の根保守の「反オバマ」心情を象徴したものと言えるでしょう。共和党内には、この草の根保守と伝統保守の間に協調が見えてきていますが、仮にそうだとしても、こんなイベントをやっているようですと、民主党との対決は、例えば11月の中間選挙では泥仕合になりそうです。