事件の後も、27人もの警視庁職員が過激派思想をもっていると判明したり、10月下旬からは司法調査が始まったり、毎日のようにこのテロ関連のニュースが流れていた。
このニュースが流れるたびに、テレビ画面には、パリ警視庁の前にあるノートルダム大聖堂が映った。実際に、犠牲者を悼む式が行われたのは、大広場をはさんでノートルダムの前であり、花束もそこに置かれたのだ。音声では、犯行の場所柄を説明するためか「ノートルダム」という言葉が何度も発せられた。この「ノートルダム」という言葉を聞くたびに、否が応でも火災のことを思い出させた。このことが、モスク襲撃に心理的な影響を与えたのではないか。
もう一つは10月26日、アメリカ軍がシリアのイドリブ県で特殊作戦を実行し、「イスラム国(IS)」の最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者が死亡した模様と複数のアメリカのメディアが報じたことだ。そのすぐ後の28日に「ノートルダムの復讐だ」という、モスク襲撃は起きた。
暗い世相と、かすかな希望
いまフランスには、「イスラム嫌悪」と呼ばれる雰囲気が蔓延している(仏語ではislamophobie、英語ではIslamophobia)。
特にスカーフをかぶった女性に対する嫌がらせは問題になってい る。他の人は一見しただけではイスラム教徒か否か区別がつかないせいだろう。
11月10日には、イスラム教徒たちが「イスラム嫌悪をやめてほしい」と訴え、連帯と人権保護を求めるデモが企画された。複数の左派政党や政治家が支援と参加を表明していたのだが、デモ主催者の中にムスリム同胞団という、問題のある国際組織との関連が疑われている団体があったために、しぼんでしまった。人権を守ることに敏感なフランス人らしい勢いは、今はあまりない。参加者は1万人を超えるくらいだった。これは多いのか少ないのか。
それでも、1週間経って落ち着いてきたころには、デモに参加した一人ひとりに思いを聞くニュース企画がテレビで流れたりした。特に女性への嫌がらせに反対する女性の主張に耳を傾けようとする姿勢がある。フランスの良心や人権意識、連帯の精神は健在だと安心もするし、人々の複雑な思いを反映しているようにも見える。
11月17日には、ネオナチに近い極右による「フランスのイスラム化反対!」「ケバブはうんざりだ!」と叫ぶデモがパリで行われた。でも参加者は500人にも満たなかった。
あまりにも世相は暗い。そんな中、11月21日から、ノートルダム大聖堂の夜間ライトアップが復活した(深夜1時まで)。正面だけであるが、しっかりとそびえ立って照らし出される様子は、なんだか心に張りと力と希望を与えてくれる感じがする。
筆者はキリスト教徒ではないのに、不思議なものだなと思う。やはりノートルダム大聖堂は、フランスの、そしてパリのシンボルなのだ。パリの様子を、たとえそれが喜びではなくて困難であっても、今までと同じようにずっと見つめていてほしいと思う。
