「素志貫徹」と「喧嘩上等」

そこには松下政経塾でたたき込まれた「成功するまで続ける」という「素志(そし)貫徹」の精神がある。塾主・松下幸之助は日中経済協力の旗を振った象徴的存在であるが、現実主義者でもあった。高市首相は急変した地政学的国際秩序の現実を分析して、「喧嘩上等、やるしかない」と判断したのだろう。

ところが高市首相の戦略は、公明党と立憲民主党による新党「中道改革連合」の結成という大きな反作用を生んだ。有事体制構築を急ぐ高市政権の姿勢を危惧し、台湾有事答弁の批判でも足並みをそろえた両党は、冒頭解散の衝撃と先手を取られた危機感から、一気に新党結成を決断した。人間主義を掲げる中道路線が、どれだけ与党とのコントラストを鮮明にできるか。台湾有事答弁という蝶の羽ばたきが、日本政治再編という嵐を招こうとしている。

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