死刑は世界中で数世紀前から議論されている哲学および司法のテーマだ。主な結論は少なくとも3つある。

死刑は抑止力がない。正義ではなく復讐だ。被害者や遺族の心のケアにならない。しかも多くの場合、死刑囚が受ける苦痛は「精神的拷問」と言わざるを得ない。冤罪を100%は防げず、無実の人を死刑にする可能性もある。

それに対して日本政府はいつも「死刑はやむを得ない刑罰」と強調するが、説得力のある説明はない。

私は11月11日の記者会見で「やむを得ない」とはどういう意味かと平口洋法相に聞いたが、回答はこうだった。「やむを得ないというのはその言葉どおり、やむを得ないわけで、死刑に相当する犯罪が行われたということは事実なので、そのような点から死刑を量刑として認めることは納得のいくことだと思います」

ひどい内容だ。歴代の首相、法相、官房長官などは個人的に、きちんと「死刑」について考えたことがあるのか。おそらくないと私は思う。

「やむを得ない」は「ほかにどうしようもない」という意味で、裁判においては無意味だ。本当に「やむを得ない」刑罰なら、全ての裁判官と裁判員が必ず「死刑」にする。

個人の意見の違いがなく、どの裁判官、どの裁判員あるいはどの人間であっても死刑判決を出すはずだ。「やむを得ない」なら、一審の判決と二審の判決は必ず死刑だ。

日本政府は議論すらしたがらない