誰も責任を取らず、「なんとなく」見捨てられる

その意味で、被災地の放送局が、発災前にはAMラジオの停波を予定していただけではなく、発災直後に停波したのは皮肉としか言いようがない。

お金がなくても、燃料がなくても、どちらもほぼ強制されるように電波を止めざるを得なかったからである。そこには見捨てる決断も、取り残さない判断も、どちらもない。金とモノ、そうした外からの強制力によって余儀なくされただけだからである。

この先、東京が、みずから進んで地方を見捨てる、わけではないだろう。倫理の面でも、気持ちの上でも、誰もそんな断定はしない。

それよりも、いつの間にか、だれも責任を取らないかたちで、なんとなく、見捨てたことになっていくのではないか。見捨てたことへの後ろめたさもないままに、なし崩しに、予算も人もモノも出さないし、出せない。

そうした未来は、そう遠くはないだろう。

鈴木洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
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