中国で規則や規範がなかなか守られないことは、全く驚きではない。

アメリカのような成熟した民主主義国家でさえ、同様の困難に直面することがある。それを明確に示しているのが、ドナルド・トランプ前米大統領の例だ。

それでも憲法による抑制と均衡が機能しない場合、民主主義国家なら少なくとも、自由な報道や市民社会、あるいは野党がそれを正してくれることを期待できる。トランプの場合もそうだった。

独裁体制の下では、規則や規範は民主主義体制よりもはるかにもろい。

まず、憲法や法にのっとって物事を進める信頼できるメカニズムがない。さらに権力者は、憲法裁判所などの機関を簡単に政治利用して、意のままに動かすことができる。

独裁体制下では、権力者の暴走を阻む二次的な力にも期待できない。中国には自由な報道や組織化された反対勢力がない。

習が憲法上の任期制限を憲法改正によって撤廃したように、権力者は規則が自分にとって都合が悪ければ、それを容易に変えることができる。

このように組織の規則や規範をないがしろにすることは、独裁的な指導者の利益になるかもしれない。しかし、彼らの体制にとって利益になるとは限らない。

その代表的な例が、毛体制下で中国共産党がたどった道だ。組織による一切の制約から自由になった毛は、次々に粛清を行って党に惨事をもたらし、共産党体制にイデオロギーの枯渇と経済的な破綻をもたらした。

鄧はそのような悲惨な経験を繰り返さないためには、規則に基づく制度が不可欠だと理解していた。だが、その鄧も利己心の前には信念を守り抜くことができず、自らが80年代に築いた党の体制が砂上の楼閣にすぎないことを露呈した。

習の3期目続投承認は、共産党にとって避けることができない崩壊の始まりでしかない。

©Project Syndicate

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