例えば、アラナがオーディションを受ける映画の主役ジャック・ホールデンを演じるのはショーン・ペンだ。ホールデンは大酒飲みで、アラナをナンパしようとするが、実はアラナの名前も覚えていない。実在した俳優ウィリアム・ホールデンの晩年を示唆しているのは明らかだ。

また、ゲーリーたちがウオーターベッドを配達しに行った豪邸で出会うヘアスタイリストのジョン役では、ブラッドリー・クーパーが爆笑の熱演を見せる。女たらしで、大女優のヒモであるジョンは、映画『シャンプー』の主人公をモデルにしているようだ。

そんなふうに、『リコリス・ピザ』には、いろいろなエピソードとキャラクターがたくさん詰め込まれているが、そこには不思議なまとまりがある。当意即妙な会話の連続と、自由奔放なカメラワークも、アンダーソンの思考をたどるようにスムーズだ。

70年代のヒット曲(デヴィッド・ボウイ、スージー・クアトロ、ポール・マッカートニー&ウイングスなど)と、これまでもアンダーソンとタッグを組んできたジョニー・グリーンウッド(レディオヘッドの中核メンバーだ)のオリジナル楽曲も、映像にぴったりの雰囲気を醸し出すのに成功している。

さらに35ミリフィルムで撮影されたざらざらした映像は、前へ前へと進もうとするゲーリーやアラナの、若くて無限のエネルギーを表現するのに役立っている。

もっと見ていたい映画

アンダーソンの作品にはいつも、南カリフォルニアのヒッピー文化を詩のように描いた偉大な映画監督ロバート・アルトマンの影響が感じられる。本作でも、アラナとゲーリーが時には残念な選択をしながらも疾走する展開は、70年代のロサンゼルスを舞台にしたアルトマンの名作『ロング・グッドバイ』を思い起こさせる。

その一方で、『リコリス・ピザ』にはニクソン政権時代の政治社会もさりげなく織り込まれている。オイルショックに伴うガソリン不足は、ジョンの(正確には彼の恋人の)家にいたずらをしたアラナたちが逃げ切るスリリングなシーンの背景になっている。

また映画の後半でアラナは、進歩主義的な若き市長候補ジョエル・ワックスの選挙事務所で働き始める。ワックスの私生活に関するエピソードからは、今となってはとうてい懐かしむ気になれない、20世紀後半の残念な社会を垣間見ることができる。

とはいえ、アメリカ社会の残念な過去を描く試みが全て成功しているわけではない。白人のレストラン経営者が似たような日本人女性とばかり結婚するギャグは、この経営者の人種差別を揶揄する狙いのようだが、あまり趣味がいいとは言えない。

リコリス・ピザとは、かつて実在したレコードチェーン店の名前だ。映画にその店は登場しないが、この時代の雰囲気を一番彷彿とさせる名前だから採用したと、アンダーソンは説明している。

2時間14分という上映時間を長すぎると言う人もいるかもしれない。だが個人的には、フレッシュなホフマンとカリスマ的なハイムの魅力のおかげで、近年にないほど「もっと見ていたい映画」だった。

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LICORICE PIZZA

リコリス・ピザ

監督╱ポール・トーマス・アンダーソン

主演╱アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン

日本公開は7月1日

【動画】『リコリス・ピザ』予告編