パキスタンのパルベズ・ムシャラフ大統領(当時)は、ビンラディンは死にかけていると断言した。同国の情報機関も、同じ判断を伝えていた。

一方でサウジアラビア政府は、ビンラディンの過去に関するゴシップをせっせと提供していた。その中身は、彼の能力や信仰心を疑わせるようなものばかりだった。

若い頃のビンラディンはベイルートやリビエラで淫行し、パーティー三昧だったという噂。大学は中退し、卒業していないという説。ソ連との紛争当時にアフガニスタンにはおらず、いたとしても戦っていないという話......。

アメリカのメディアは、こうした情報を忠実に報じた。アメリカ政府も同様だった。アメリカがビンラディンの動向を気に掛けないように、パキスタン側が意図的に重病説を流しているとは気付かなかった。サウジ側にも、ビンラディンの経歴や信仰心に泥を塗れば、このテロリストに心酔する若者が減るだろうという思惑があった。

しかし、どれも希望的観測だった。だからアメリカは、ビンラディンが忠実な部下たちの精神を支配し、西洋文明に対する自分の憎悪をアルカイダ戦士に植え付けていることに気付けなかった。

「(当時)ムシャラフの発言にはCIAの情報よりも重みがあった」と、元空軍幹部は本誌に語った。「サウジアラビアがアメリカ側に伝える情報も非常に重視された。それで多くの人は、ビンラディンが病気だと信じ、実際にあのようなカリスマ的指導者だったことに気付かなかった」

「プーチンは病気か? もちろんだ」とも元空軍幹部は言った。「しかし、だからと言って早まった行動を起こしてはいけない。プーチン後の権力の空白は、この世界にとって非常に危険だ」

当時、フセインは世界で最も危険な男の1人に数えられていた。狂人で、絶対に大量破壊兵器を手放さない男、毎晩違うベッドで寝なければならないほど用心深い男とされていた。だから、イラクに大量破壊兵器はないという証拠があっても、当時の米ブッシュ政権は平気で無視した。

病状の深刻度を覆す新たな報告

そして5月末、バイデン大統領の下に情報機関からの最新の報告が届いた。その内容は、プーチンの病状は深刻だとする2週間前の報告を覆すものだった。実際、5月25日にはプーチンがモスクワの軍病院を視察する映像が流れた。翌26日にはイタリアのマリオ・ドラギ首相と電話会談し、国内の実業界の会議にもビデオで姿を見せた。

30日にはトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と電話で会談し、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と対面で協議する可能性にも言及した。つまり、当座の健康には自信ありということだ。

口を滑らせたバイデン
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