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親ロシア派武装勢力が港を制圧したと主張するマリウポリでは厳しい戦況が続いている(4月11日) CHINGIS KONDAROVーREUTERS

その後ロシア中央軍管区の参謀長に上り詰め、2015年にプーチンのお声掛かりでシリアへの軍事介入を指揮する司令官に抜擢された。

シリア内戦はロシアの介入で潮目が変わり、崩壊寸前だったバシャル・アサド大統領率いる現政権がしぶとく息を吹き返した。

介入の初期にはロシア空軍と政権側の地上部隊の連携がうまくいかず、反政府派の実効支配地域を切り崩せなかったが、ドボルニコフが指揮した主要都市への包囲攻撃で戦況は一変した。

「介入の初期段階は失敗だったと言っていい。ロシアの激しい空爆にもかかわらず、政権側は何カ月も支配地域を拡大できなかった」と中東問題研究所の上級研究員、チャールズ・リスターは言う。

「当初ドボルニコフは古風な戦闘スタイルを強いられた。敵が近づけない遠距離からの爆撃に徹する、ほとんど中世のような戦い方だ」

だがその後、ドボルニコフは劣勢に追い込まれて士気を失った政権側の部隊を立て直した。

さらにロシアの特殊部隊を、アサド政権支援のために参戦したレバノンのイスラム過激派組織ヒズボラと連携させたと、リスターは言う。特殊部隊とヒズボラに傭兵も加えた雑多な助っ人部隊をうまくまとめたおかげで、政権側の攻撃力は一気に高まった。

ドボルニコフはトップダウン方式とは異なる、「自律的な即応部隊」による機動性の高い作戦行動が有効だと、2015年に軍事ジャーナルに寄稿した論文で述べている。

「彼は有能な指揮官であると同時に、非常に想像力豊かだと評価されている」と、イギリス王立防衛安全保障研究所(RUSI)のマーク・ガレオッティ上級研究員は言う。

ドボルニコフはシリアで残虐な空爆を指揮した。第2の都市アレッポを破壊し尽くし、人道支援物資を運ぶ国連機関の車列を爆撃して、北西部イドリブ県ではほぼ毎日、学校や病院を攻撃した。

新しい司令官の登場とともに、ロシアの軍事作戦はさらに残忍な段階に進むと予想されるが、それはドボルニコフという人物に直接、関係するわけではないかもしれない。

「ドボルニコフがある種のソシオパス(社会病質者)かどうかということではなく、ロシアの戦い方の問題だ」と、ガレオッティは指摘する。

ロシア軍はドンバスの戦況を打開するために大規模な地上作戦に向けて再編成を行い、一部の部隊を補給と再装備のためにいったんロシア西部とベラルーシに移動させている。

ただし、ドボルニコフの登場によって指揮系統と兵站の問題が直ちに解決することはないと、西側諸国はみている。

ロシア軍の大隊戦術群の4分の1近くが戦闘不能に陥っている
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