さて、今度のプーチンの最終目標は何か。

アメリカの保守系シンクタンク「ハドソン研究所」のピーター・ラフに言わせると、プーチンは自分の祖国に対する西側陣営の「不当な」仕打ちへの怒りに燃え、報復しようと考えている。

プーチンはソ連時代に、諜報機関KGB(国家保安委員会)に所属していた。そのソ連は1991年に崩壊し、国内は混乱状態に陥った。そのときプーチンは、祖国が外国勢に裏切られたと感じた。

ソ連の悲惨な末路は「20世紀最大の破滅的な地政学的事件」だったと、かつてプーチンは語っている。つまり、2000万のソ連国民の命を奪った第2次大戦よりもひどい出来事だったという認識だ。

実際、ソ連崩壊後にあの国で起きた不幸な事態に対するプーチンの怒りは、私たちの想像以上に多くのロシア国民が共有している。

筆者は2000年代前半に本誌のモスクワ支局長だったから、あの国の経済が犯罪者に乗っ取られ、国家財政が破綻に向かう様子を目の当たりにした。政府は軍人にさえ給与を払えなかった。

極東のカムチャツカ半島で現地の陸軍大佐に取材したときのこと。彼は涙ながらにこう訴えた。もう何カ月も給料をもらっていない、だから妻の誕生日プレゼントも買えなかったと。

西側諸国への筋違いの怨念

ロシア初の自由選挙で大統領に選ばれたボリス・エリツィンは、当初こそ英雄視されたが、その後は酒に溺れ、腐敗した取り巻き集団が私腹を肥やすに任せた。そして20世紀最後の日に辞任を余儀なくされた。

後を継いだのが、ほんの数カ月前にエリツィンに取り立てられて首相代行に就いていたプーチンだ。

あれから22年。プーチンは2月21日に国民に向けて長さ55分という異例の演説を行い、恨みつらみを吐き出した。それが侵攻の前触れだった。

プーチンは言った。「ウクライナはよその国ではない。......ウクライナ人とロシア人は兄弟であり、一心同体」だったのに、ソ連の崩壊に伴って、母なるロシアから無理やり引き裂かれた。

これがプーチン流の、そして国内受けする歴史解釈だ。

西側はNATOの東方不拡大という約束を守らなかったという不満も口にした。

2000年に、クリントン米大統領(当時)にロシアのNATO加盟は可能かと尋ねたところ、実に冷たくあしらわれたという。NATOが東方に拡大し、旧ワルシャワ条約の加盟諸国まで含むようになれば、「それら諸国と私たちの関係は改善され、ロシアは友好的な国々に取り巻かれることになるだろう」。クリントンはそう言ったと、プーチンは苦々しく回想してみせた。

そして「現実は真逆。口先だけだった」と吐き捨てた。

まずはウクライナ、次にベラルーシ、さらにバルト3国
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