<辞任から1年余り。結局、安倍は中国に関しては究極の現実論者だった。バイデンもCPTPPがあることを感謝するだろう>

在職日数が歴代最長を記録した安倍晋三首相が持病を理由に辞任して1年余り。後任の菅義偉も既に退任した。

しかし、安倍が旗振り役を務めた新体制──包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP)と日米豪印戦略対話(クアッド)──は今後長期にわたりアジアの地政学的状況を左右しそうだ。

トランプ政権が離脱を表明し頓挫した環太平洋諸国の貿易協定TPPを復活するべく、安倍はCPTPP実現に取り組んだ。現在11カ国が加盟し、GDPの合計は14兆ドル近い。

さらに2021年2月にはイギリスが正式に加盟申請。9月には中国も加盟を申請、6日後に台湾も後に続いた。

イギリスの加盟の公算は高く、実現すれば合計GDPを2兆7000億ドル、約20%押し上げる。

厄介なのは中国と台湾のほうだろう。台湾のほうが多くの点で加盟資格を満たしているが、台湾にだけ加盟を認れば、緊張・対立に拍車を掛ける恐れがある。CPTPP加盟国としては避けたいところだろう。

だが戦略的に見れば、CPTPPが最大の効果を上げるのはアメリカに関してだ。アメリカではいまだに保護主義が根強く、ジョー・バイデン大統領は政治的にはCPTPP加盟に及び腰。だがCPTPPはアメリカがアジアにおける中国の経済的影響力に対抗できるかどうかのカギを握る。

バイデンも最後にはそれを認めざるを得ず、アメリカが加盟できる自由貿易協定があることを安倍に感謝するだろう。

安全保障の面では、安倍の遺産はさらに重要で将来を見据えたものだった。

クアッドは安倍が第1次政権時代の2006年に地域の安全保障の枠組みとして提唱。2007年の安倍の辞任後は日の目を見なかったが、安倍の強力なプッシュと中国の影響力拡大を受けて2017年に復活した。

今ではバイデン政権はクアッドを中国抑止戦略のカギと見なしている。2021年9月にはホワイトハウスで対面形式では初となるクアッド首脳会議を開催した。

クアッドは外交的な象徴の域を超え、合同軍事力も強化している。2020年はインドのベンガル湾で初の合同海上軍事演習を実施、2021年8月にもグアム沖などで実施した。

硬軟織り交ぜた対中政策

CPTPPとクアッドの形成に主導的役割を果たした安倍を、中国封じ込めに熱心な対中強硬派とみる向きもあるかもしれない。

だがそうした見方は、安倍の地政学的戦略の第3の柱を見落としている。それは対中直接関与だ。

実際、安倍はCPTPPとクアッドを促進する傍ら、日中の安定した協力関係の維持に心を砕いた。2018年10月に訪中し、習近平(シー・チンピン)国家主席の訪日も要請した(2020年4月の予定だったがコロナ禍で延期)。

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