選挙戦終盤の27日には首相の岸田文雄までやって来てテコ入れを図った。ところが、そこでも石原陣営からはやたらと時代がかった「この選挙は自由主義対共産主義を選ぶ選挙だ」とか、「この選挙区に総理がやって来ることはめったにない。それだけの危機だ」といった調子の演説が続いた。これでは応援になっているのか、古い世代の政治家を印象付けようとしているのか分からない。

彼らは新しい票を取りに行く努力を自ら放棄していた。当選を重ねてきた強者が相手を批判し、過去の実績を強調するばかりで、「次」を語らなければ、相手を利するだけということに気付けなかった。

30日21時過ぎ荻窪駅前──。彼らは最後まで変われなかった。石原はただ黙って立っているだけだった。周囲は必死に声を出し続けた。だが岸田の写真を持つ石原の姿に「未来」を感じさせるものはなかった。

これを「成果」と呼べるのか

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共産党と共同で街宣する吉田晴美(左)と支援団体の東本久子(右から3人目、10月24日、高円寺駅前) SOICHIRO KORIYAMA FOR NEWSWEEK JAPAN

立憲民主党の吉田晴美は確かに現状の野党統一候補としてはこれ以上ない候補者だった。高円寺駅前で共産党の集会にも参加して、「(野党共闘は)『野合』という批判、私は全然違うと思う。ずっと地域で一緒に活動してきた。小さな声を聞き逃さないと、寄り添う姿勢を学んだ。違いを乗り越え力に変える」と言った。

そして、「日本共産党の比例の大躍進を祈念する」と訴えることもいとわなかった。その姿を見て、「時代は変わりました」とうれしそうに叫んだのは共産党都議の原田暁である。吉田は、東京ブロックから比例単独で出馬した山本からの呼び掛けに応じて選挙区で共に演説もした。メディアを介して、手打ちのメッセージは効果的に伝わった。

しかし、これを立憲代表の枝野幸男は成果と呼んでよかったのか。勝利をもたらしたのは現実を踏まえて地道に政策を擦り合わせて票を積み上げてきた候補者と地元住民の活動、そこにいくつかの幸運と敵失まで重なったものだ。8区がリベラル色を強めても勝てる選挙区だったことも大きい。立憲上層部が狙って手に入れたものは何一つないどころか、自ら率先して力を損ねようとしていた。彼らもまた迷走していた。

全てが終わった31日夜のことである。山本は「立憲は信頼に値するか」という私の質問に、「衆院選まではこれまでどおり。これから先は新しいやり方をしないといけない」と語った。れいわも比例の得票数を参院選より減らしていた。

「政治はライブだ」という信条の彼と、8区のように地道な積み上げこそが政治だと活動を続ける人々の姿勢は根本的な部分で相いれないものがある。そして、現状の野党共闘は議席を減らすという結果だけが残った以上、枠組みの見直しは必至だろう。

野党は小さく勝って、大きく負けた。教訓は選挙区での小さな勝利にあるのか、8区に象徴されるガバナンス能力の低さも一因の大きな負けにあるのか。私は後者にこそあると考えているが、果たして......。

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