職人たちの和菓子に対する情熱と努力を肌で感じた現場での学びは大きかった。そのとき培った人脈は、その後あちこちで生きることになる。

自分の店を開くときには遠方から手伝いに来てくれたり、機械を譲ってくれた職人までいた。餡(あん)作りで悩んでいたときは、ある和菓子店の社長がわざわざ店まで来て作り方を指南してくれた。
だから、熊の作るどら焼きの名前は「おんがえし」。多くの人にお世話になった感謝の気持ちを込めた。

「人に恵まれていた」と熊は笑うが、きっとそれは彼女の一生懸命な姿に周囲が魅せられ、自然と手助けしたくなったからだろう。
たった1人で来日し、夢を実現した熊の行動力はどこから来るのだろうか。「不安よりも、どうやったら前に進めるかという悩みで頭がいっぱい。和菓子を作りたくて日本に来たのに、中途半端で帰るのだけは避けたいという気持ちですね」

将来の夢は日本で自分の和菓子が認められること、そして中国に子会社を出すこと。和菓子を通して日本と中国の文化の橋渡しができたら......と思っている。
<2020年2月4日号「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集より>
「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」より
●「中国人」とひとくくりにする人たちへ──日本との縁を育んできた中国人たちの物語
●日本一「日本」を伝える中国SNSの女神「林萍在日本」
●「保育園」のない中国に、100%日本式の保育施設をつくった上海女性
●中国人コスプレイヤー、同人誌作家、買い物客はこんな人たち(コミケ97ルポ)

【参考記事】●「韓国人」とひとくくりにする人たちへ──日本との縁を育んできた韓国人たちの物語
