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仲間とアートでイタズラを仕掛ける

杉山)自分なりの表現をためらいなく出せるようになったのは、大学に入ってからです。やりたいことを一緒にできる仲間に出会えたことが大きかった。友達と「TEX MEX」というアートユニットを作り、街のあちこちに、ちょっとしたイタズラを仕掛けていきました。

街中の銅像や仏像、果ては渋谷駅前のハチ公とかにプロレスマスクをかぶせて回ったり。不要になったアダルトビデオ自販機を払い下げてもらい、カッコよく改造してアーティストの作品を入れて、表参道や青山あたりの店に置かせてもらったりもしました。コンピューターでプログラムをつくり、通行人の頭の上に「おなか減った...」なんていう漫画風のふきだし映像が出てくるメディアアート作品「フキダシステム」も制作しました。

誰もやってないようなアイデアを仲間と仕込んで街に仕掛け、通りがかりの人がクスッと笑ったり驚いたりする様子を隅っこから見るのが、楽しくて嬉しくて気持ちよかった。

活動が広まると、新しい流れにつながりました。『STUDIO VOICE』や『ホットドッグ・プレス』『POPEYE』などで僕たちの活動の特集記事が組まれました。そうなると企業やファッションブランドから、新商品を宣伝するためのクリエイティブディレクターの話が舞い込んできたり、各地のアートイベントに招かれたりもしました。

街を使って遊ぶようなアート活動を続けるうちに、自分のやりたいことが明確になってきました。「街」と「アート」と「テクノロジー」この3つを掛け合わせたことを手がけていきたい、と。

いま、ともに仕事をしている「ライゾマティクス」の齋藤精一さんや「チームラボ」の猪子寿之さんたちと知り合ったのも、このころです。

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周りの同期の友人たちはとっくに就職していきました。それを横目に、平凡なサラリーマンになったらダメだ、働いたら負け、みたいな気持ちもあった。

一方で、チームだから実現できたアート活動も、個人で続けるのは限界があると感じるようになっていました。

マスクを仏像にかぶせたら当然怒られますし、自動販売機を置くのも「置かせてください、やらせてください」と頭を下げて説得しなければいけない。そういったことを一人でも続けられるのか。

だったら代わりに自分が「街」の側に入って街を楽しくする仕事をしようーーそう気持ちを切り替えたころ、森ビルが手がける六本木ヒルズが着工されました。建設予定地も見に行って、こんな大きな街をつくる会社なんだ、と知りました。

ここに来ないと経験できない価値を考え抜いてつくり上げたミュージアム