仲野 僕はもう20年くらい顕微鏡をのぞいてないなぁ。もちろん研究では必要やから、顕微鏡で撮った写真を見ることはあっても、自分でのぞくことはない。だから、もう使い方も忘れたな......。もっときれいな写真を撮って、とか指示するだけです。でも、画面のほうが大きく見えるしきれいじゃないですか?

小倉 顕微鏡もきれいですよ。

仲野 でも、姿勢も悪くなるでしょ。病理医の先生って暗い感じの人が多いのは、顕微鏡をのぞき込む、ちょっと前屈みの姿勢のせいちゃうかなーと思っているんやけど(笑)。こんなこと言ったら怒られるかな。

小倉 いえ、分かります。猫背で顕微鏡にかじりついている姿はネクラっぽいですから(笑)。

がん細胞に顔つきや振る舞いがある!?

小倉 私も顕微鏡をのぞきながら、細胞に向かって話しかけちゃうんですよ。がんの顔つきと振る舞いは、パラレルなことが多くて、変なかたちのがん細胞を観察すると、「あらぁ、こんなに悪くなっちゃって」とか、思いがけないところに転移しているがん細胞をみると「なんで、こんなところまで運ばれちゃったの」とか、ついつい細胞に向かって話しかけてしまいます。珍しい病変だと「初めて見た~!」とワクワクします。有名人に遭遇した感じですかね。

先生は研究していて、どういうときに気分が盛り上がったりしますか?

仲野 そういうのはね、大体10年に1回くらいしかありませんわ。

小倉 えぇ~!(遠い目)。つらいなぁ......。日々の楽しさはあるのでしょうか?

仲野 日々の楽しさはないなぁ。普通に研究していて、毎日毎日、喜びを感じているような奴は大成しない、というのが僕の意見なんですわ。そういう小さいことで喜びを感じているような奴は、日々の労働自体が目的になってしまうからアカンのよ。もっと大きいものを目指して、5年、10年と我慢するのが研究者というもの。

小倉 すごいストイックですね。じゃあ、10年に一度の喜びたるや、すごいでしょうね。

仲野 そう。でも、それが来ないこともある。まぁ、研究っちゅうのははそんなもんですわ。

小倉 ダメだ、私......研究者にはなれない。病理診断は「診療」という業務ですから。そういう意味で、私はルーチン作業が好きなんだと思います。

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小倉加奈子/順天堂大学医学部附属練馬病院 病理診断科先任准教授、臨床検査科長。2002年順天堂大学医学部卒業。2006年同大学院博士課程修了。医学博士、病理専門医、臨床検査専門医。外科病理診断全般を担当し、研修医・医学生の指導にあたる。趣味は、クラシックバレエと読書。二児の母 Newsweek Japan

AIが病理医を凌駕する時代がやってくる?

仲野 ただ、毎日たくさん診断していると、どうしても難しいこともあるでしょ。これはわ分からんなぁ、とか。今はまだ、たくさんの症例を見てきた経験値の高い人、つまり年齢が上の人の意見のほうが通りやすいんだろうと思うけど、今後、画像診断の蓄積が進んできて、AIが導入されれば、経験値の優位性はなくなってくるかもしれませんよね。

小倉 そうなっていくんだろうとは思います。AIに限らず、ゲノム医療の研究が急速に進んでいて、私たち病理医が現在行っている「形態診断」(病変の見た目で診断する)と合わせて、遺伝子診断も行われるようになってきており、病理医の仕事もどんどん変わっていくと思います。

「自転車と同じように、HE染色もなくならない」