アディクションは「生き延びるため」のものだった

恥ずかしながら、「生き延びるためのアディクション」という発想は自分になかった。だが、心や体にのしかかってくる重みから逃れるためにそれがあるのだとすれば、確かにアディクションは生き延びるためのツールとして機能することになる。

そう考えると、トー横キッズと呼ばれる若者たちが薬物に走る理由もわかる気はする(肯定するという意味ではなく。でも、あの子たちのことを考えるとどうにも身につまされる)。

 よく誤解されるが、依存そのものや、依存することは悪いことではない。また、よい依存と悪い依存があるわけでもない。しかし、依存の結果はさまざまだ。依存すれば、いいことも悪いことも起きるからだ。

 わかりやすくメリット・デメリットでとらえるならば、依存によって起きるデメリットが、依存によって起きるメリットを上回るところから問題が生じる。つまりデメリットのほうが大きいにもかかわらず、特定の物質の摂取や行動をやめたり、頻度を減らしたりすることができない状態が依存症なのだ。日常生活や心身の健康、人間関係などに問題が起こっていても、依存対象の物質の摂取や行動をやめることが難しい。これを精神医学的に「病気」としたものが依存症(アディクション)である。(114〜115ページより)

依存症は病気だが、その大きな特徴のひとつは、人間関係に問題が起きることだと著者は指摘する。特筆すべきが家族関係で、つまりは生活をともにする家族がいちばん大きな影響を受けてしまうわけである。

依存症の主役は「おじさん」から女性へ
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