その頃、映画の撮影を始めた時期と比べて世界はより暗い方向へと変わっていた。そして私はドラマチックな展開よりも、観客を楽しませることを重視すべきではないかと感じ始めていた。それこそがマイケルが望んだことだと思ったからだ。
結果的に、自分たちが何を間違えたかを見つめ直す素晴らしい機会になった。
率直に言って、事実を羅列する映画を作ってしまっていた。(監督の)アントワン・フークアに「これではウィキペディアのページのようになって、人間性が見えてこない」と伝えた。
だから、やり直せる機会だったんだ。撮り直す前はあまりにも多くを詰め込みすぎていた。マイケル・ジャクソンの人生を1本の映画で語ることなど到底無理だ。
──マイケルに対して葛藤を感じていた人たちも、この映画を機に彼の音楽を再び楽しんでいるようだ。
とてもうれしいし、すがすがしい気分だ。この作品が描いたのは論争が始まる10年近く前の時期だし、芸術は作者と作品を切り離して捉えるべきだ。
しかも彼は有罪になったことはない。法廷で争ったのは1件のみで、判決は無罪だった。彼の人生には後にもいろいろとあったが、この映画を誇らしく思うし、私のようにマイケルの功績を人々が祝福できることがうれしい。
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