「政治批判の自由を除けば、中国のほうが自由」?
「政治批判の自由を除けば、中国のほうはるかに自由」という考え方も、視野狭窄だ。政治批判の自由は、全ての自由の土台である。経済や移動、信教、学問、知る権利、そして表現……これら全ての自由は、「政治批判の自由」という強固な盾に守られている。塾など民間教育産業への突然の規制令、アリババなど大手IT企業への巨額の罰金と締め付け、ゼロコロナ政策時の理不尽なロックダウン(都市封鎖)などは全て、政治批判の自由がないために引き起こされた。
中国の日常的な「活気」「ルールの緩さ」は魅力的に映るかもしれない。しかし、それは「政府が今たまたま黙認しているだけ」の自由にすぎない。言い換えれば、飼い主が機嫌よく放し飼いにしてくれているときの飼い犬の自由だ。自分の生活や人生を、自分の意思でコントロールする自由が存在しない中国は、本質的には「究極の不自由」な社会である。
ポイント
藤短短
中国語でトントアントアン。本名や年齢、出身地は非公表。世界各地を訪れてダンス動画を撮影、公開してきた。富士山前では人気アニメ『スキップとローファー』のオープニング曲を踊った。
ローソン河口湖駅前店
山梨県富士河口湖町のコンビニ。富士山が店の上に乗っているような写真が撮れると訪日外国人が殺到。車道での危険な撮影が相次ぎ、町が2024年に眺望を遮る幕を設置した。
伝記映画が日本上陸。マイケル・ジャクソンが2026年によみがえる