6月11日に開幕するサッカー・ワールドカップ(W杯)は、カナダ、アメリカ、メキシコという北中米3カ国の共催だ。16会場で計104試合が行われ、サッカー史上最大の大会となる。
私たち4人は、FIFA(国際サッカー連盟)の依頼を受けた芝の研究者だ。どの会場でも選手が同じ感覚でプレーできるようにしつつ、芝を健全に保つ役割を担う。
簡単な仕事ではない。実際、最初は不可能に思えた。
気候帯は3つに分かれ、会場間の距離は最長で5000キロ超という前例のない規模だ。メキシコシティやマイアミのように暑さにさらされる開放型スタジアムもあれば、ダラスやアトランタのような屋根付きの会場もある。ボストンやトロントなど、比較的涼しい都市も含まれる。
各会場の状況は異なるものの、FIFAはピッチに厳格な基準を定めている。天然芝であることは必須だが、多くの試合やセレモニーに耐えられるよう補強も必要だ。
各会場には自動灌水システムや高性能の排水設備、芝の根域に空気を送り込んで過剰な水分を除去する換気・排水システム、さらには太陽光を人工的に再現して芝を育成するグローライトも必要とされる。
8カ所の会場では、いつもは人工芝を使っている。これを一時的に天然芝に替えるにはどうすればいいのか。
さらに厄介なのは、5カ所が屋根付きスタジアムで、芝に十分な日光が当たらない点だ。どうすれば期間中を通じて、芝を維持できるのか。
米東部のフィラデルフィアでプレーする選手と、西部のシアトルやメキシコのグアダラハラで戦う選手が、同じ感覚でプレーできるようにするにはどうすればいいのか。
プラスチックシート上で砂を土台にして育てた芝
私たちはこの5年間、こうした問題の研究を進めてきた。ここでは私たちが直面した重要な課題を紹介したい。どんな芝を育てるのか。どう強化するのか。どうやって各会場へ輸送するのか。
通常、芝は天然の土壌で育てられる。だが出荷時には根を切断するため、芝に大きなストレスがかかり、根が再び定着するまで数週間かかることもある。
W杯の場合、それでは間に合わない。芝の設置から10日後に試合が行われる可能性もある。十分な早さで根付かないと、芝生は傷みやすくなる。
そこで私たちは、プラスチックシート上で砂を土台にして育てた芝を使うことにした。
巨大なプラスチック製トレーの上で芝を育てるイメージだ。根がプラスチックに到達すると横へ広がって絡み合い、密な根系を形成する。そのため出荷時にも根がほとんど傷つかず、ほぼ設置直後からプレーが可能になる。
スポーツ用の芝は通常、排水性を高め、根が定着する際に土壌が固く締まりすぎないよう、砂を基盤として育てられる。だが今回のように、プラスチックシート上に約5センチの砂を敷いて芝を育てる方法にはリスクもある。プラスチックシートを使っているため、芝が根付く前に豪雨に見舞われれば砂が流されかねない。
高温環境で強い芝を育てる暖地型の芝農家では、砂の流出はそれほど問題にならない。暖地型農家が育てるバミューダグラスは定着が早いからだ。一方、寒冷地向けの芝農家が栽培するケンタッキーブルーグラスは発芽が遅めのため、砂が流される危険が高まる。
そこで私たちは、発芽のより早いペレニアルライグラスをケンタッキーブルーグラスに交ぜ、さまざまな播種比率を試した。すると、ケンタッキーブルーグラス84%、ペレニアルライグラス16%の配合が播種4カ月後の時点で、ケンタッキーブルーグラス単独より強くなることが分かった。
「W杯の1試合は、アメフトのスーパーボウル1試合に匹敵する」──FIFA関係者は私たちに何度もそう言った。会場では6週間で最大9試合を行う上に、各種セレモニーも実施するので、芝には極めて高い耐久性が求められる。
そのため、私たちは天然芝に人工芝繊維を交ぜ込み、ハイブリッド芝を作っている。芝が成長すると、根が人工芝繊維に絡み付き、表面を安定させて強度を高める。繊維は天然芝に近い色に着色されているため、芝が摩耗してもピッチの緑色を保つ効果がある。
ハイブリッド芝の作り方
ハイブリッド芝の作り方は2つある。天然芝に人工芝繊維を打ち込む「ステッチ式」と、あらかじめ天然芝を生育する予定のグラウンドの下に人工芝を敷いておき、その上から砂を入れて種をまきピッチを作る「カーペット式」だ。
ステッチ式はW杯で以前から使われているが、カーペット式はそうではない。採用された大会は、2023年に開かれた女子W杯だけだ。
私たちは8種類のカーペット式を試験し、全てがプラスチックシート上で問題なく育成できることを確認した。地面の硬さ、ボールの跳ね返り、スパイクのグリップ感といった表面性能試験でも、FIFAの基準を満たした。そのうち1種類は、バンクーバー、ロサンゼルス、フィラデルフィアの3会場に採用された。
16会場のうち14カ所には、プラスチックシート上で育てた芝をロール状に巻いて輸送する。一部は近距離輸送で済むが、冷蔵トラックで全米横断輸送されるものもある。芝は出荷後もほぼ完全な状態を保てるから、長距離輸送にも耐えられる。
このうち5会場は屋根付きで日照が不足するため、暖地型芝より少ない光でも育つ寒地型芝を使う。例えば、マイアミの開放型会場ではバミューダグラスを使用する。
一方、ほぼ同じ緯度にあるヒューストンの屋根付き会場では、寒地型芝であるケンタッキーブルーグラスとペレニアルライグラスの混合芝を使う予定だ。つまり、寒地型の芝を育てる北西部の農場から、南部の屋根付き会場へ芝を長距離輸送しなくてはならない。
これら全てをこなすのは、大変な仕事だ。だがW杯の長い大会期間と多様なスタジアム環境を考えれば、革新的なアプローチが必要だ。
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John N. Trey Rogers, Professor of Turfgrass Research, Michigan State University
Jackie Lyn A. Guevara, Assistant Professor of Turfgrass Management, Michigan State University
John Sorochan, Professor of Plant Sciences, University of Tennessee
Ryan Bearss, Research Assistant in Plant, Soil and Microbial Sciences, Michigan State University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.